第24章 高杉晋助《一夜ひら》
紫陽花は、庭に植えると縁起が悪いと言われている。
誰に聞いたか忘れたけれど、客の一人だったはずだ。
紫陽花はよく根付く。根付く。すなわち、嫁に行けない。
――ここの女達には関係ないだろうが。
客はこうも言っていた。○○自身、そう思った。
根付く。この地に根をおろし、どこへ行くことも叶わない。
この地を離れることは、永遠にない。
《一夜ひら》
深緑の葉に雨粒が落ちた。廓の庭に咲く、色鮮やかな紫陽花。
○○は傘を広げる。その手の動きはぎこちない。
この骨組みに触れるようになってから、まだ間もない。
梅雨、真っただ中。
日本に雨季があることを、○○は長らく忘れていた。
春の霞みも、夏の綿雲も、秋の月も、冬の雪も、関係がなかった。
四季はおろか、天候に左右されることもない暮らし。
○○の住む吉原に、日々の移ろいなど存在しなかった。
型破りな銀髪侍が現れて、鉄の空を開け放つまでは。
「随分と居心地の悪い街になったな」
雨音の中から聞こえた声に、○○は振り向く。
「高杉さん」
それはかつて、○○を指名していた客の一人。
あの騒動以来、吉原は変わった。
遊廓は廃止されたため、○○は遊女ではなくなった。
高杉に会うのは、遊女を辞めてから初めて。
「街中でお前の姿を見るとはな」
かつて○○は、吉原の外はおろか、表に出ることすら許されていなかった。
高杉と顔を合わせていたのは、○○が働く廓の中でだけ。
傘を手にし、雨の中に立つ○○の姿を目にしたことなど、高杉はなかった。