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●○青イ鳥ノツヅリ箱○●【イケシリ短編集】(R18)

第8章 今宵は桜の木の下で…〈源氏伝/鞍馬/NL〉





――― チカエルカ?



あの時。男雛のあの言葉。あの熱、感情。
思い起こすことはできても、鞍馬の中に、それを言い現わす言葉は持たなかった。



――― 優シク愛シイ 娘ノ幸ヲ チカエルカ?



「初めはお前を支配下に置く魂胆であろうと思ったが、あれが願うのは”娘”とやらのことばかりであった」



――― 慈シミ 永遠ニ共ニ アルトチカウカ?



「そ…れ、って…」
「……悪意ではない、お前に害を及ぼすつもりがないことはかろうじて理解した」

男雛の、慈しみに満ちた優しい瞳を思いだし、満留はそっと、両手を胸の前で握りしめた。
そして遠い、故郷を想った。

「……雛飾りはね。産まれてきた娘の幸せを願って、親や、祖父母が贈る習わしが人間にはあるんだよ」
「知っている。己に掛かる呪いや厄災を人形に身代わりさせようという、手前勝手な風習だろう」
「そう言われると、身も蓋もないんだけども…」

苦笑しつつも、満留も思い馳せるように、桜を見上げた。

「だから、お雛様って昔から、一人が一組持つものなんだ。誰のお雛様なのかなって気になっていたんだけど、いろんな人の手に渡ってたんだね…不思議だね」

そしてもう一度、不思議だね、と呟いた。

「鞍馬の言う通り、厄災避けにされたことへの恨みがあっても不思議じゃないのに…残ったものは、我が子を想う親心なんだね」
「当然だろう。人間を象ろうとも、所詮は物だ。己の存在意義など知らぬし、そこに集う思念の選り好みなどあるはずもない…しかし…」
「鞍馬…?」

満留の言葉に、鞍馬の中のもやがひとつ、晴れた気がした。
その感情の理解はしないが、得心はいった。

「そうか…あれが…」

あれが、子を想う親心……というものなのか。
触れた思念の感触を思い出すように、再び己を手を眺めた。
思念といえど、そこに熱を感じるほどには強い力を宿していた。


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