●○青イ鳥ノツヅリ箱○●【イケシリ短編集】(R18)
第8章 今宵は桜の木の下で…〈源氏伝/鞍馬/NL〉
「…本当に、異界…きちゃった…」
見上げれば、見慣れない異界の空の色に淡い桜の花びらが優雅に広がっていた。
いつか鞍馬が連れてきてくれた異界の桜が、今も二人を包み込むように柔らかく咲き乱れていた。
大きく、息を吸い込む。
鞍馬の力に守られて、清い風が桜の香りを運び満留の髪を揺らしていった。
淀む空に桜舞い散る様は、息を飲むほど荘厳で―――…
ふっと溜息をつきそうになる満留の頬を、鞍馬の長くしなやかな手が不意に包み込んだ。
「鞍馬…?」
覗き込む鞍馬の紅玉の瞳の奥の感情に、満留の鼓動が惑い震えた。
それは常に傲慢な妖のそれだけど、しかし微かに迷い子のような揺らめきが見えた。
強さの象徴のような鞍馬だからこそ、その僅かな歪みが際立って満留には見えた。
頬を包む温かな手に、満留の小さな手が重なる。
「…話を、聞かせて?」
鞍馬の赤い瞳が、僅かに瞠る。
その目を満留も、黙って見つめる。
僅かに、無言の二人の空間に、桜は変わらず狂い舞う。
「…お前が手入れをしていたあの人形。あれは、九十九(つくも)だ」
「付喪…?付喪神様だったのっ?」
神様であったのならば、長年蔵に押し込めていた無礼に怒ってらっしゃるのでは…!
あわあわと慌てる満留の心中は、人間心理に疎い鞍馬ですらも察するほど。
その頭をやんわり押さえつけ、満留の動きを抑え溜息をつく。
「落ちつけ。僅かに違う。あれは、付喪になりそこないの思念体だ」
「思念…体?」
「お前が見つけたあの蔵に収まるまでに、幾度も持ち主が変わり、その度に向けられる思念をその身に蓄積してきたようだ」
そこで言葉を切り、満留の頭を押さえつけていたその手が、そっと頬へと触れた。
「鞍馬…?」
「……」
満留を見つめる鞍馬の紅い瞳が、明らかに、言葉を探して彷徨っていた。
困惑と苛立ちを含んだその瞳は、しかし、満留から目を逸らそうとせず、燃えるような熱を宿していた。