●○青イ鳥ノツヅリ箱○●【イケシリ短編集】(R18)
第8章 今宵は桜の木の下で…〈源氏伝/鞍馬/NL〉
目に鮮やかな若葉が揺れる。
木漏れ日が風に泳ぐ、優しい陽だまり。
柔らかな東風が、開け放たれた広間の中を吹き抜けていく。
艶やかに豊かな黒翼を輝かせ、優しいそよ風に心地よさげに大きく広げて。
その紅玉の瞳は、しかし決して前を見つめず。
片腕を膝につき、これ見よがしに不機嫌を示す。
―――面白くない。
その一言と重たい空気を、全身全霊用いて向けるはただ一人。
尖った耳に届く鼻唄は心地よく、主の心と裏腹に上機嫌にぴこぴこ揺れた。
「…おい、満留」
地を這うような低い声音で呼びかけてみれば、その鼻唄さえも途絶えてますます気持ちが苛立つ。
「もうちょっとだよ」
困ったように微笑む声が、部屋の中から鞍馬に応えた。
さらに困ったように息を飲む気配を感じて振り返ってみれば、眉を下げた満留の瞳が慌ただしく周囲を見渡していた。
「…心配せずとも、見られて不都合な輩はおらん」
「そっか。ならいいか…いいのかなっ?」
これ見よがしに翼を広げて伸び上がる鞍馬に向けて、困ったように満留が笑う。
「退屈させてごめんね、鞍馬。もう少しで終わりだからね」
そういう満留の両手には、古めかしくも驕奢な人形が乗っていた。
これこそが、鞍馬を不機嫌にさせている元凶なのだが、満留の楽し気な優しい笑みを前にして、殊勝にその口を噤んで黙る。
先日蔵の整理をしていた満留が見つけてきたのは、古い雛人形。
番でしまい込まれたそれは、埃にまみれながらも、鞍馬が認める程に美しい造形をしており。
故に。
手入れをしたいという満留の申し出を邪険にすることもできず。
人形ごときに愛しい人間の興味を奪われ、面白くない妖の本能を持て余していた。
柔らかな布で丁寧に埃を払い、汚れを落とす満留の手元をジトリと眺める。
「綺麗だねぇ…いいお顔をしてるよね」
うっとりとした声が向かうその先を、鞍馬の紅玉が切り裂くばかりに鋭く睨んだ。
男雛の眼もまた、そんな鞍馬を、静かに見ていた。