●○青イ鳥ノツヅリ箱○●【イケシリ短編集】(R18)
第7章 麒麟が来る‗三話より〈イケ戦/光秀/帰蝶/BL〉
突然途切れた会話に不穏を感じたのだろうか。
「帰蝶様?」
離れた所から、付き人の心配気な声がかかった。
帰蝶の瞳に、はっと理性の光が戻る。
付き人に振り返り、光秀に背を向けたまま、声かけた。
「…叔母上に、土産を捕まえてきた」
「捕まえ…?」
「おい、栗鼠を出せ」
離れていても、付き人がぎょっとする様子が見えた。
「こ、ここでですか?」
「俺が捕まえたのだと、光秀に自慢してやる。早く出せ!」
「栗鼠…?」
付き人がわたわたと馬上の荷を漁る様を見ながら、怪訝な光秀の声が尋ねた。
「来る途中に見つけてな。叔母上が喜んでくださるだろうと捕らえてきたのだ」
「お前がか?」
「すばしっこくて、苦労したがな」
「―――あっ!?」
付き人が袋から栗鼠を取り出すなり、その手に食いついた栗鼠がまんまと逃げ出し、地を飛び跳ねていった。
「馬鹿者!叔母上への土産を何とする!捕まえてこい!」
「はっ只今っ!!」
付き人が泣きっ面で追いかけるのを、光秀が憐れな思いで見た。
「ひどい男だな…あれでは捕まるはずが―――っ」
その言葉が、中途に途切れた。
帰蝶の両の手が光秀の袷を掴み、引き寄せ―――
その口唇を、己のそれで塞いだ。
それは、僅かな時間。
やはり小さく”ちゅっ”と水音をたて、帰蝶の唇が静かに離れた。
それは、触れ合うだけの短い『口付け』
今度は、光秀が言葉を無くした。
「…お前のその顔を見るのは、気分がいい」
帰蝶がにやりと笑って見せた。
「お前とならば…悪くない」
そう言い残し、光秀に出を向け帰蝶の背中が、付き人の追いかけた先へと消えた。
振り返るその一瞬。
萌黄の瞳が映す感情を何と表現したものか。
―――口吸いに、なんの誓いがある…っ!
そう、激昂していた帰蝶の姿が脳裏を過る。
「お前は…何を…」
光秀の背に、冷たい汗が伝い落ちた。
帰蝶の中で、確かに何かが、欠けていた。
<fin>