●○青イ鳥ノツヅリ箱○●【イケシリ短編集】(R18)
第5章 月光〈イケ戦/信長/光秀/帰蝶/BL〉
廊下を、壁に凭れるように伝いながら、よろよろ進む。
歩を進めるごとに体が軋むが、痛みは別のところに感じる。
強く閉じたその瞳の奥に、冷たく白く光る月。
嗚咽を呼気と共に飲み込んだ。
―――その時だった。
「―――ずいぶんと、悩ましい姿になられたものだな…いとこ殿」
廊下の先に、真白き月の如く佇む姿を認め、帰蝶の歩みが止まる。
「…光秀…」
その身を整えることも煩わしく、虚ろな瞳で見返した。
光秀の長い指が近づくことさえ、拒みもせずに見つめていた。
帰蝶の鎖骨を彩る紅い所有痕を、光秀の長い指が静かになぞる。
「今宵は一段と…手酷くやられたものだな」
「……っ」
光秀の指が与える温もりに、帰蝶の躰が熱を持つ。
吐息と共に、熱を誤魔化す。
「大事ない…俺のことなど、放っておけ」
視線を合わせず、その横を通り過ぎようとする…帰蝶の躰を、光秀の腕が遮る。
「…聞こえなかったか?」
「あぁ、そのようだ」
「―――っ」
その腕が、帰蝶の躰を捕らえ、引き寄せ…
気づけば、その温もりに抱かれていた。
「…なんの、真似―――」
「何でもいい」
帰蝶の言葉を、光秀の鋭い言葉が遮った。
常になく、静かな怒りを忍ばせたその声音に、帰蝶の瞳が僅かに見開く。
―――その温もりに、心が、解ける。
「お前にも義はあるのだろう…否定するつもりは、毛頭ない」
耳に、悲しく優しい声音が囁く。
「だが、承服しがたいのもまた、事実だ」
「だから、放っておけというのだろうが…」
抗いがたい熱が、帰蝶の躰を包みこむ。
温もりが、体の痛みを癒していく。
今しばし…このままで…
叶わぬ思いに、帰蝶の頬を見えぬ雫が一筋流れた。
震えるその手が、光秀の胸元を押す。
「―――退け」
解ける腕に縋りつきたがる己の心を、静かに殺した。
「…俺の道行きを邪魔するな」