第6章 出会ってしまったひとりと一振り 〔肥前忠広〕
コンクリートの地面にヒールを履いた靴で踏み出すと、途端に気分を切り替える。
そして一日夕刻まで働いて退勤すると、審神者は先日男士と会った場所へ足を向けた。
『会えないと思うけれど…あの男士が気になる…』
当然だがその場に刀剣男士はいない。
「当たり前だよねぇ…もう一回会ってみたかったけれど…」
ぼそりとつぶやく。
それでもその表情は落胆とは無縁だった。
「ま、演練であの男士には会えなくても、先輩審神者に聞けば名前くらいはわかるでしょ…」
陽が完全に落ちて夜になる前の、空の色が不規則に変わるのを審神者は見上げて歩き、転送装置の場所へ戻るとそれを起動させ、誰にも気付かれずに姿を現代から消した。
その姿を消すところを見ていた影が密かにいた事も気付かず。
「あいつ…どこかの本丸の審神者だったのか…」
審神者が気付かない程の強い結界を施し、件の男士は現世に居たのだった。
「それならあの時、俺の気配に気付いておかしくなかったな」
男士は片頬で笑むとそのままトンとビルの屋上へと飛びあがり、そのまますぅと溶け込むように完全に姿を消した。
男士が姿を消した後、更にまた一体影が静かに現れた。
「…い…た…」
影は歯切れの悪い口調でギチギチと音を立てながらやっとひとこと言い、そして影も男士と同じように音もなくすぅと姿を消した。