第6章 梵天の華Ⅱ
「…ちょっと、寝る」
「え?」
「三途来たら起こして…」
笑んでくれたのは、ほんの一瞬だけ。
私から目を逸らした時にはもう、佐野さんの表情はいつも通りの、感情が見えないものに戻っていた。
ソファーの背もたれに背を預け、腰に隠し持っていた銃を目の前のガラステーブルの上に置く。
ゴトッ、と重い音をたてて置かれたそれに、肩を大きく揺らしてしまう。
俯いて眠ろうとする佐野さんは、意識を手放す直前に一言、小さな…小さな声で私に向けて呟いた。
「……殺してぇなら、ソレでオレを殺せばいい…オレにはもう、何も残ってねぇから──…」
「オイ」
「ッい゙…!」
突如、額に激痛が走って意識が浮上した。
知らないうちに眠ってしまっていたらしい。
瞼が重くて目を開けられないまま、激痛が走った額に両手を当てる。
じくじくと熱を持つように、額の一箇所だけ痛い。
なに、敵襲!?
「いつまで寝てんだテメェ、早よ起きろやァ」
「ぅ、…?」
とてつもない殺気を感じ、慌てて重い瞼を開く。
すると、ソファーの後ろで立ったまま、私を上から覗き込むようにして睨みつけている春千夜さんがいた。
今にも盛大に舌打ちをしそうな顔で眉を寄せていて、ヒッと声が漏れる。
すぐ目の前にある春千夜さんの手を見て、どうやらデコピンとやらをされたらしいと悟った。
お仕事に行ったはずなのに…と、ぱちぱちと瞬きを繰り返して黙って見つめていれば、思った通りの舌打ちをされて…さらに眉間にしわが寄った。
「状況説明しろコラ」
「…あ、は、春千夜さんおかえりなさい…」
「おーただいま…じゃねぇんだよ状況説明しろッつってンだよ耳の穴詰まってンのか?てめぇ何で首領に膝枕してンだよああ゙んッ?」
目の前で手を構えられ、デコピンされる!と思わず目をつむって「ごめんなさいッ」と謝るけど…
春千夜さんは今、何と言ったか。
膝枕、と聞こえたような。
…え、膝枕?
「へ?」
ソファーの背もたれに預けきっていた頭を持ち上げ、座っている自分の膝を見てみる。
すると驚愕の光景が広がっていた。
「…えッさ、佐野さんッ!?」
私の膝の上。
佐野さんが、私の膝に頭を乗せたまま、すやすやと寝息をたてて気持ちよさそうに目を閉じて眠っていたのだ。