第6章 梵天の華Ⅱ
……たい焼き?
「あ、えと、レシピとたい焼き用の型があれば…」
「ふーん。どら焼きは?」
「た、たぶん、作れ、ます…」
期待するような目を向けられて、せっかく近づいたのに一歩退いてしまう。
けど、振り返ったままの佐野さんに手首を掴まれてしまって、それ以上離れられなくなってしまった。
振りほどこうとは思わないけど、佐野さん力強いな…。
痛くはないけど何だか…痩せているのに、しっかりとした男の人の手、という感じがする…。
「今度作って」
「えっ…ぁ、はい、私で良ければ…」
「約束な」
「は、はい」
好きなんだろうな。
オムライスもそうだけど、たい焼きとどら焼き…何だか幼い男の子と会話をしているみたいだ。
…なんて、声に出してしまったら殺されてしまうかもしれないんだけど。
「……佐野さん…?」
「…妹の話、していいか」
掴んだままの手首をクイッと引っ張って、私をジッと見つめる佐野さん。
釣られるように手を引かれ、佐野さんが座っているソファーの隣に強制的に座らされた。
「…改まって誰かに話すのは、初めてだな」
そう言ってぽつぽつと話し始めた佐野さんは、私が相槌を打たずとも、話す口を止めることはなかった。
腹違いで、一つ年下の妹さん。
料理が上手で、世話を焼くのが好きで、日常生活で妹さんによく叱られていたこと。
目玉焼きは裏表を焼いて潰して欲しいと、何度言ってもやってくれなかったこと。
好きな人がいて、その人と両想いだったのに、本人に想いを告げることなく…
「…中2の時、突っ込んできたバイクの後ろに乗ってた奴に、鉄パイプで殴られて死んだ」
「……」
「……悪ぃ。なんか、オマエの…料理してるとこ見てたら、話したくなった」
「ぁ…私、は…大丈夫、です」
大丈夫。
そう言ったのに、頬に何かが伝い落ちた。
慌ててそれを拭うけど、隣に座る佐野さんにはバレてしまったようで。
ゆっくりと伸びてきて、そっと涙の跡に触れる優しい手を拒絶することなど、私にはできなかった。
「…泣いてくれるんだな」
「す、みませ…っ」
「いい、気にすんな」
ふ、と…どこか潤んでいる瞳を細め、微かに口角を上げて私に笑って見せた佐野さん。
あまりにも柔らかいその表情に、彼は本当に犯罪組織の首領なのか?と疑ってしまう。