第16章 今の、ファーストキス?《場地圭介》
カシャン、と蛍の手からシャーペンが落ちた。
不思議とよく響いたその音に全員の視線が集まる。
三ツ谷は無意識に、少しぬるくなった麦茶をコップに注いで口をつけた。
目を見開いたまま肩をすくめ硬直している蛍の頬は、次第に赤みを帯びていく。
そして、蛍の頬に張りついた髪を耳にかけてあげている場地の汗ばんだ指先と、場地の蛍に向ける外気温よりも熱い視線。
あ、きた。
待ち焦がれたその瞬間に、誰も口にしなかったのはもはや奇跡と呼んでもいいだろう。
喉を万全に潤わせつつ、視線だけはしっかり場地と蛍に向けている三ツ谷。
ようやく動き出した親友の大事なワンシーンを見届けようと、前のめりになって二人を見つめる一虎。
大好きな姉妹が作ったおいしいお菓子を食べすぎてお腹いっぱいになり、7割ほど夢の中へ迷い込んでいたマイキーの肩を掴み起こすドラケン。
起こされて、寝ぼけながらも垂れていた涎を啜るマイキー。
普段は緊張してスマートにできないが、咄嗟に彼女の手をテーブルの上で握りしめ唾を飲み込んだ武道。
それを握り返す日向。
咄嗟に力が入ってしまったせいで、中央部分からドリルのページを少し破いてしまったエマ。
尊敬する場地の恋心を誰よりも応援している(と思っている)千冬は、ギチギチと折らんばかりにシャーペンを握りしめた。
それぞれ、期待の目を向ける。
「っ、け、すけくん…?」
「…ん」
茹だるような暑さ。
そう、すべて暑さのせい。
「なん…えと、な、なに…?」
音が消え、皆の思考が止まる。
しかし場地の思考は、それ以上に止まっていたのだ。
だから、口だけが勝手に動いた。
「…や、好きだなーって」
「………え?」
麦茶を吹き出し、噎せて呼吸困難になる者。
それを正面から、ドリルと顔面に浴びせられた者。
一瞬で目が覚めた者と、思わず掴んでいた肩を殴った者。
ぱき、と握りしめた手から音を鳴らしてしまった彼女と、強い痛みを感じた彼。
ドリルの数ページを丸ごと破りとってしまった者。
シャーペンを折った者。
時は、動いた。