第1章 オレにはしてくんねーの?《松野千冬》
「んッ…ち、ふゆ、」
「チュ、…なーに蛍」
不安そうにオレを呼ぶ蛍。
だんだん声に抑揚がなくなってきた蛍の腰を少しだけ持ち上げて、背中の上の方へ手を動かす。
「蛍、ちょっと背中浮かして」
「え、えっなに、」
「下着のホック外さなきゃだろ」
「!?ちょ、待って、」
「待てねーよ、悪ぃけど」
蛍の耳をいじっていた左手を使って、頑なに浮かせようとしない蛍の背中を持ち上げた。
右手を腰にまわしたことで体が密着し、探りやすくなった背中を左手でまさぐる。
肩にかかる紐を伝って指先がホックにたどり着けば、蛍は小さく「ヒッ」と悲鳴をあげた。
「あ?どうやって取んのコレ…」
「んっ、や、ちふ…ッ!」
直後だった。
「ただいまー」
「「ッ!!??」」
玄関の方から、ドアの開く音と聞きなれた声が響いてきた。
驚いて悲鳴をあげそうになった口を慌てて閉じ、しっかり閉まってある部屋の扉を見つめる。
聞こえてきたのは、パートから帰ってきたおふくろの声だ。
そういえばもう帰ってくる頃だもんな、と遅くも気づき、時間を気にしなかったオレが悪いと後悔する。
…勝手に扉を開ける可能性は低い。
玄関に蛍の靴があるし、蛍が来てる時は遠慮して部屋に入ってくることはない、から。
…いやでもこの状況はマズイだろ!?
親がいるのに家ン中で続けらんねーよ!!
「っお、おかえりー…」
「あら千冬、蛍ちゃん来てるのー?」
「おー…」
「あっお邪魔してますッ!!」
「いらっしゃーい。千冬ーなにか飲み物とか出してあげた?外すごく暑いわよー」
「こ、コンビニ行った、からー…」
「アイス買ってきたからあとで蛍ちゃんも食べてねー?」
「さっ、き食ったんだよナァ…」
オレの下で青ざめている蛍と顔を見合わせ、とりあえず床から起き上がった。
にゃー、と鳴いた、すっかり存在を忘れていたペケJが伸びをしながら欠伸をしている。
少しだけ自分の手を舐めたあと、ペケJはまた蛍に擦り寄って甘えはじめた。