第6章 梵天の華Ⅱ
春千夜さんの家に来て、2週間が経った。
体調も少しずつ整っていき、自分でご飯を作って食べるようになり、キッチンに立つことが多くなった。
春千夜さんがいる時は、二人分のご飯を作って一緒に食べるようになったし、…最近はお菓子作りもしてみたいなと思い始めて、春千夜さんに必要な材料をお願いして…
今朝お願いした材料が、お昼前に届いた。
暇つぶしにと鶴蝶さんからいただいていたお菓子作りの本を見て、密かに作りたいと思っていたカップケーキ。
実家にいた頃は、よくお菓子作りをしていたからレシピを見なくても作れていたけど、2年前のこととなると…記憶というのは飛んでいるもので。
一から覚え直しだ。
さっそく、簡単なプレーンのカップケーキを作るために、材料と器具、レシピ本をダイニングテーブルに並べる。
今朝、春千夜さんに「作ってもオレは食わねーからな」と言われて少しショックを受けていたけど、準備に取りかかり始めると久しぶりのお菓子作り!ということもあってワクワクして、ドキドキしてしまって。
玄関のドアの開閉音に、まったく気づけなかった。
小さく途切れ途切れに、中学時代に好きだった懐かしい歌を口ずさみながら、カップケーキの生地を作り始める。
室温に戻した無塩バターをボウルに入れ、クリーム状になるまで溶けすぎないように気をつけながら泡立て器で混ぜて──…
「なに作ってんの」
「え、ッヒ、きゃあああッ!?」
突然、テーブルを挟んだ向かい側に現れた人影。
驚きすぎて、手に持っていた泡立て器とボウルを床に落としそうになる。
慌ててそれらをテーブルに置き、バクバクとうるさい心臓を落ち着かせた。
叫び声をあげたことで、目の前にいる人物の眉間にしわが寄ってしまい、慌てて「あっごめんなさい…!」と謝罪する。
「さ、佐野さん…こ、こんにちは…っ」
「………カップケーキ」
「は、はい」
挨拶を返さない代わりに、佐野さんの視線はテーブルの上のレシピ本へ向かう。
開かれているページに書いてあるお菓子名を口にして、直後、あろうことか佐野さんは静かにダイニングチェアに座ったのだ。
私の目の前、向かい側の椅子に。
「続けて」
「っ、え?」
思わず佐野さんの顔を見つめてしまう。
けど何も言わないから、様々な疑問を飲み込んでお菓子作りを再開した。