第6章 梵天の華Ⅱ
「……何照れてンのオマエ。思春期のガキかよ」
「まァ鶴蝶と同い年だしな」
「…え?同い年…?」
九井さんの言葉に、キッチンの方に目を移す。
器に卵を割って入れ、それをかき混ぜている鶴蝶さんをちらりと見れば、もう平然としていて。
大人っぽい見た目をしているのに、鶴蝶さんは私と同い年らしい。
「…あ、か、鶴蝶さん、お手伝いします、」
「は!?いや、いーよ座ってろッまだ全快じゃねぇんだからアンタ!」
「ぅ…でも申し訳なくて…人並みには料理できますし…」
健康観察は終わっていたし、体の調子はいいのにご飯を作らせてしまうのが何だか申し訳なくて、慌てて立ち上がって駆け寄る。
でもまったく調理器具に触らせてくれなくて、ダイニングチェアに逆戻りしてしまった。
「へぇ、箱入り娘でも料理は仕込まれたってやつ?」
箱入り…?
「はい、…婆やに、ある程度は教えていただきました…」
「婆や…」
「…お嬢だもんなァ」
「ぉ、お嬢…?」
箱入り娘、お嬢。
いったい何のことかと考えるけど、確かに通学以外での外出はボディーガード無しでは許可されていなかったし、組の一部の人達にも“お嬢”と呼ばれていた。
そういうことかと一人納得していると、佐野さんが立ち上がって私の目の前までやってきた。
目の下の隈が濃くて無表情のせいか、異様な威圧感があり少しだけ仰け反る。
「自分で飯、作りてぇの」
「っ、え…?」
「作りてぇなら作ればいい。どうせ事が済むまでここから出られねぇんだから」
率直な言葉に戸惑っているうちに、鶴蝶さんへ指示をしにいく梵天の首領さん。
その背中を目で追いながら、ただただ呆然とする。
作る…作っていい、の?
そんなに自由にしてもらって…そんな、普通の人みたいな生活をしていいというの…?
思考が追いつかない。
けど、無意識にじわじわと目頭が熱くなった。
「欲しい食材があれば三途に言え。その日のうちに幹部の誰かが届けにくる」
「っ…いいん、ですか…?私、そんな、…自由みたいなことをしても…」
「……毒が入ってなけりゃ三途も食うだろうし、知らせれば他に食いに来る奴もいるかもしれねぇ」
それにお前はもう、あのビルにいた時よりは自由だろ。
佐野さんが静かに言い放った言葉で、鼻にツンと痛みが走って視界が一気に歪んだ。