第6章 梵天の華Ⅱ
あれから4日後の朝にようやく熱が下がり、いただいたお粥も果物も、それとなく味がしていたから味覚が戻ったのだと知って……嬉しくて。
監禁されていた時、食事していた記憶があまりない。
死なれたら困るから、という理由だけで、1日か2日おきくらいに残飯のような物を与えられていた程度だった。
投与されていた薬のせいもあってか、味覚も嗅覚もほとんど失われていた。
だから、嬉しい。
また美味しくご飯を食べられるなんて。
顔洗って着替えとけ、と春千夜さんに言われてすぐ、洗面所に向かった。
熱がある中でも、自分で歩いて行った場所はしっかり覚えているらしく。家具は少ないのに広い家の中を進み、一度も迷うことなく目的地にたどり着くことができた。
手渡された服に着替えている間、リビングから春千夜さんの声が聞こえてきていたから、誰かに電話をしていたらしい。
着替え終えてリビングに戻った数分後に、三人の男の人がやって来た。
春千夜さんに名前だけ紹介された鶴蝶さんと、九井さん。
そして、二人を紹介する時とは正反対の、とてつもなく明るい声で長々と春千夜さんに紹介された、梵天の首領である佐野万次郎さん。通称、無敵のマイキー…さん。
「うるせぇ」と佐野さんに一蹴された春千夜さんは、それでも笑顔を絶やさなくて。
一途なことに間違いはないみたいだ。
「熱いくらだった?」
「っあ、えと、36.2℃でし、た…」
「完全に下がったな。幻覚とか、体の痺れは」
「そ、そんなに、は…ない、です…」
「んー……どうするボス、もっかいクスリ抜いとくか?」
紹介が終わってすぐ、冷蔵庫を開けて中身を確認している鶴蝶さんと。
私をダイニングチェアに座らせて、しゃがんで私の手首で脈拍をはかりながら健康観察をしてくれる九井さん。
綺麗な白髪だなぁ、とつむじを見つめながら会話をすれば、九井さんはソファーに座って静かにどら焼きを食べている佐野さんの背中へ問うた。
「……別に、生活に支障がねぇならいい」
「…アンタはどうしたい」
「ッ、え?」
私に選択させてくれるとは思わなかったから、思わず肩を揺らして驚いてしまった。
注射は嫌い。
点滴も嫌い。
まず、針を刺されるのが怖い。
監禁されたことで、変にトラウマができてしまった。
「…注射も点滴も…イヤ、です…」