第5章 梵天の華Ⅰ
苦ぇ…苦ぇのにトばねぇってどういうこッた…気持ち悪ぃ…
咳き込みながら、女はオレの下で胸を上下させ口元を手の甲で拭っている。
しかしだんだん、動きが緩くなっていき……全く動かなくなった。
「…は?」
「あれ、死んだ?」
一瞬、その場にいた全員の心臓が止まりそうになる。
慌てて女の口元に手を当てれば、浅く、ゆっくりと呼吸をしていて心底安堵した。
どうやら気絶しているらしい。
いや…解熱剤飲んで死ぬわけがねぇンだよ…ビビった…スクラップにされるとこだった…
つーかどんだけ寝るンだよこの女?
「ビビらせんじゃねーよクソ女…ヤク中…」
「ん゙ッふ、いやオマエには言われたくねぇと思うけど」
「自分の意思じゃなくて勝手に投与されてたってやつじゃ〜ん?蛍チャン悪くね〜ダロ」
「…生きてンならいい。ねみィから俺は帰る。後は頼んだ」
「は?オイ待て九井こいつ連れてけッ」
オレと同様、安堵して深くため息を吐いた皆は、勝手に帰り支度を始める。
九井は欠伸をしながらも、すでに部屋のドアの所までたどり着いていたため慌てて止めた。
「お世話係は三途でいいだろ?ちゃんと薬飲ませられるみてぇだし?」
「オオカミさんにはなるなよ♡」
「何言っ…はあ!?こんなガリッガリの女に勃たねぇよッ!!!」
「どうだか」
望月は一言も話さずに退出するし、明司なんざいつ出てったかもわからねぇ。
ニヤけた九井は背を向けてヒラヒラとだるそうに手を振り、蘭には投げキッスされるわ竜胆に顰めっ面されるわ。
いや、オレ可哀想すぎねぇ?
「ちょ、は?鶴蝶呼べよ誰か」
「マイキー送ってってそのまま帰ったろアイツ」
「いやだから呼べッつってンだよ」
「頑張れよ〜春ちゃん♡」
「応援してッから♡」
九井と同じようにヒラヒラと手を振った灰谷兄弟が、最後にドアを閉めて退出した。
静かすぎる寝息をたてている女と二人、取り残されたオレ…
「……持ち帰れってかァ?」
面倒くせぇ。
押し付けられた状況に、ただ一つそう思う。
…けど。
「…化粧臭くねぇのって、初めてだわ」
リップすら塗られていない、栄養不足で荒れてカサついた女の唇に目がいく。
心臓がなにか不思議な音を鳴らしたけど、オレは気づかない振りをして髪をかき乱した。