第5章 梵天の華Ⅰ
「っや、離して、お願いしますっ私を殺して…!」
鶴蝶とともに部屋から出ていくマイキーの背を一瞥し、女の目の前にしゃがみこんで顔を覗き込んだ。
虚ろな目は潤み、溜まった涙が今にもこぼれ落ちそうになっている。
ほらよ、と言う九井から差し出された解熱剤である錠剤を受け取り、それを女の口に持っていく。
が、殺してと志願している人間が薬を口にするわけもなく。
首を振ってオレの手を拒絶している。
無理やり飲ませようと顎を掴んでも、口を全く開かない。
ガリガリに痩せ細っているくせに、どこにそんな力があるってンだ。
「…九井ィ、この解熱剤飲まねぇとどうなンの?」
「風邪じゃなくて、2年分のクスリを急激に抜いたせいの副反応だろうから、熱上がり続けてたぶん死ぬ」
「…そうなったら王がキレちまうじゃんかよ」
最悪、オレらがスクラップにされるだろう。
それなら無理やりにでも飲ませるしかねぇよなァ。
女の髪を鷲掴み、「蘭退け」と思ったより低く出た声で蘭はすぐ女を手離してソファーから下りた。
逃げようとはしない女をそのまま勢いよくソファーに押し倒し、馬乗りになってから九井から水を受け取る。
「!?な、にッ」
「トばねぇ薬嫌いなんだよなぁオレ」
とボソボソ言いながら、錠剤を口に含んですぐ水も含む。
女の首の後ろに手を差し込んで持ち上げ、髪を鷲掴む手にグッと力を入れる。
引っ張られてわずかに開いた口に、閉じる前に唇を押し付けた。
「ッんぅ…!?」
口内にある溶けはじめた錠剤と水を女の口の方へ移し、抵抗し出す女の舌にオレの舌と同時に錠剤を絡ませた。
目を瞑って涙を零しながら顔を背けようとする女。
それを冷めた目で見つめ、女がなかなか飲み込もうとしない錠剤はさらに溶けて、お互いの口内に苦味が広がっていく。
早く飲めよ。
眉間にシワを寄せてさらにグッと唇を押し付け、舌だけを根元からぢゅッと吸い上げた。
すると驚いて目を見開いた女の喉が、コクリと音を立てて上下に動く。
同時に、女の口内から縮んでいた錠剤と水が消え去った。
舌の裏や頬の奥に隠していないか舌で探り、異物感がないのを確認してから唇を離した。
チュ、と音がして、女は途端に咳き込む。
「オェ…ッたくよォ、手こずらせやがって」
「わ〜お、口移し♡」
「まァそうするしかねぇわな」