第5章 梵天の華Ⅰ
「蛍チャン、クスリ抜けた?」
「…っ」
「あ〜あ、血ぃ出てンじゃん。針抜いちゃったのかよ〜」
「ゃ、おねが、さわ、らないで…っ」
「んな怯えンなって…別に兄貴怒ってねぇんだし」
顔を覗き込もうとする蘭から顔を背け、また逃げようと蘭の胸を押している。
クスリのせいか、最悪の環境にいたせいか。
それとも、オレたちが誰なのかをわかっていての行動か。
何にしろ、怯え方が異常だ。
まァ無理もねぇわな。
恐らくこの女は、2年前に拉致されてからずっと監禁され、薬を投与され性奴隷として人間以下の扱いを受けていたはず。
女がいたあの部屋を思い出せば、そうとしか思えない。
「とりあえずボス呼べば?オマエ呼べよ三途、蛍チャン起きたら連絡しろッつってたし」
「すぐ呼ぶ」
蘭に動きを封じられ暴れられなくなった女は、それでもビクビクと体を震わせている。
それを一瞥してから、電話帳の履歴の一番上にあるマイキーに電話をかけた。
「…で?お前は何してんだよ、蘭」
「ん〜?見りゃわかるだろぉ、抱きしめてあげてンの♡」
九井の言葉に機嫌よく返した蘭は、「な?♡」と女の髪を梳いた。
…やっぱヤクキメたろ、こいつ。
30分も経たないうちに幹部全員が集まり、蘭の腕に抱かれたままソファーに座る女を囲う。
正面の一人掛けのソファーに座っている首領、マイキーは、銃を片手に女をジッと見つめている。
「お前」
「……っ」
「名前は」
「…、ぅ……〜ッ」
マイキーの静かな問いに、女は目も合わせずに俯いて震える。
マイキーの質問に答えねぇのかこの女は?
今すぐスクラップにして全身砕いて魚の餌にしてぇ。
「……蕪谷蛍で間違いねぇな」
「ッ…」
色のない表情のマイキーから溢れ出る殺気が、女を怖気させる。
静寂に包まれたこの部屋で聞こえるのは、マイキーの抑揚のない声と女の荒い呼吸音のみ。
かと思えば、女は急にモゾモゾと動き出した。
蘭に後ろから抱えられているせいか、背中に何かが当たっているらしく背中を浮かせ顔を歪めている。
まァ十中八九、懐に入った銃だろうな。
「あー悪ぃ、痛てぇよなぁ」
それに気づいた蘭は懐から銃を取り出し、ソファーの空いた所へ……
置こうとした。