第1章 オレにはしてくんねーの?《松野千冬》
背中が床についた感覚に驚いたのか、強く瞑っていた目を見開く蛍。
それに気づいて、ゆっくりと糸を引かせながら唇を離せば、息を荒くして頬を上気させた蛍の目尻から、生理的らしい涙が一筋溢れおちた。
蛍の後頭部に置いていた手を床に肘ごとつき、顎に当てていた手で頬を包み込んで親指でその涙を拭う。
拭われた方の目を閉じて、ピク、と反応した蛍に、ちゅ、と軽くキスをして、そのまま至近距離で低く囁いた。
「…蛍、いいか…?」
心臓が大きく跳ねたのは、たぶんオレだけじゃない。
あぅ…と声を漏らして視線をさ迷わせる蛍。
床に散らばった傷みのない髪が妙に色っぽくて、ひと房すくって口付けた。
顔が熱い。
顔だけじゃない、全身に熱がこもって爆発しそうだ。
「…だめか?」
少し首をかしげて問えば、蛍は行き場のない手をオレの背中にまわしてギュッと抱きついて、オレの胸に顔を埋めた。
そして、すーっと息を吸い込んでこう言った。
「…千冬の匂い、好き」
蛍の前髪が、首や鎖骨に当たってくすぐったい。
すぐ下にある丸い頭頂部に鼻をつけて、お返しと言わんばかりに息を吸い込めば、蛍もくすぐったそうにクスクスと笑った。
「なぁ、今の言葉、…煽ってんの?」
「……どう、思う…?」
試すように、オレの胸から顔を浮かせて上目遣いで見つめる蛍。
どう見ても煽ってんな、と思って、空いた方の手で蛍の耳に指を這わせた。
「ッは、…上等」
ニヤリと笑ったオレに覚悟したらしい。
また一筋、涙をこぼした蛍はオレに身を委ねるように体から力を抜いた。
そうと決まれば早い。
今まで、半年間ずっと我慢してきた、蛍にしたかった行為を焦らず、ひとつずつ順番にしていく。
「んっ…」
両耳全体を包み込むように、塞ぐように撫でて軽くキスをする。
オレの首に腕をまわした蛍の顔を見れば、眉を寄せて目を閉じていた。
怖い、よな。
オレも怖ぇよ。
彼女が、蛍が可愛すぎて。
どんな反応して、どんな声で鳴いて、どれだけ気持ちいいんだろう、って。
止まんなくなりそうで、怖ぇよ。