第5章 梵天の華Ⅰ
2年、世界中をザワつかせ、誰もが捜し求めた三億の女が今、オレたち梵天の目の前にいる。
当時公開された写真とは見違えるほどに女の見た目は落ちているが、たしかに面影はあり、端正な顔立ちをしている。
まァ顔のいい女なんざ腐るほどいるけど。
賞金三億なんて、一般人やコッチの世界にいても格下の連中なら喉から手が出るほどの大金。
なのに、この2年間ずっと行方がわからなかった……つまり、ここの組織の連中は誰もこの娘を差し出さなかったということ。
ずいぶん優秀な部下だなァ。
よく裏切り者が出なかったと褒めてやりてぇくらいだ。
「あれって確か2年くらい前の事件だろ」
「ずっとここに居たってことか〜?」
「あー、…名前何だっけな」
「蕪谷蛍」
「そうそう、それ。あー懐かし」
「年寄りかよ」
「…蕪谷組って言やぁ、ビジネス受け付けねぇとこだよな、マイキー」
鶴蝶の言葉にも口を閉ざしたままで、マイキーの女を見つめる瞳はゆるりと瞬きを繰り返す。
何を考えているのか、梵天幹部のオレたちですら想像がつかない。
いつもマイキーは…オレの崇拝する王はつねに、誰も思いつかないような斜め上の結論をだすからだ。
黙って皆の視線を集める中、マイキーは音もなく口を開き始める。
嗚呼、オマエら静かにしろよォ?首領のお言葉だ、耳かっぽじってよく聞けェッ!!
「……たい焼き」
「…は、」
「食いてぇ」
「……」
数秒の沈黙の後、吹き出したのは女の頬に指を突きさしたままの蘭だった。
「明司、買ってきて」と言うマイキーに指名された明司武臣は、口に加えた煙草を落としそうになりながらも頷いて部屋を出ていく。
くっっそ羨ましいッマイキーに指名されやがってあの野郎ッ…!!
「や、ボス、そうじゃなくて、」
「…持ち帰る」
「え?」
顔を引きつらせながらも何とか問いかける九井に、マイキーは女に背を向けながらそう言った。
直後、口をあんぐりと開けたのはオレだけじゃない。
「…え、殺さねぇの?」
「餌になるかもしれねぇ」
「……あー、そういう…」
「その女をダシに取引すンのも悪くねぇだろ」
蕪谷組を探れ。
そう一言残して部屋を出たマイキーの背を見送ったオレは、鼻血が出そうになって咄嗟に仰ぐ。
今宵も王は健在だッ!!!