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【東リべ/中・短編集】愛に口付けを

第5章 梵天の華Ⅰ




「状況」
「ッはい首領!」



マイキーに続いて部屋に入ってきた鶴蝶には目もくれず、オレは状況を説明した。
オレの一歩前で黙って話を聞くマイキーは、オレが説明を終えるとすぐ、部屋の奥で二人並んでしゃがみこむ灰谷兄弟の後ろから、“そこ”を覗き込む。



「ボスぅ、オレらこいつ知ってるかもしんない」



部屋の奥。
薄汚れたシーツのベッドの上で、全裸で申し訳程度にタオルをかけられた状態で横たわる、一人の痩せ細った女。
手首は手錠と鎖でベッドに繋がれ、体は痣だらけでところどころが黒ずみ、腕には数え切れないほど数多の注射痕。
意識はないようで、目を閉じたまま最初見た時から体勢は変わらず、未だに動く気配はない。

それを指さす竜胆は、興味津々で女の頬をつつく蘭を一瞥して「兄貴も見たことあるってー」と少し気だるげに言った。



「はあ?ンで先に言わねーんだよ竜胆!オイ!」
「うっせぇよヤク中。ちゃんと顔見たの今だし」
「さっきも顔見てただろーがよォ!!」
「三途うるさい」
「うっす」



王より鶴の一声いただきました。
光栄だァ♡



「ココ、知ってるか」
「…誰、って言われてもな…こんな痩せてる女、近年稀に見ねぇぞ」



手についた大量の血をハンカチで拭う九井一、通称“ココ”は、マイキーの言葉にベッドのそばへ歩み寄る。
未だに退こうとせずしゃがんだままの兄弟の上から覗き込み、直後にあ、と間抜けな声をあげた。



「コイツ…あれだ、ヤクザの。蕪谷組のご令嬢。拉致されたって騒いでたやつ」
「…確実か」
「だいぶ痩せてッけど、…たぶん間違いねぇ」



考え込むように顎を触りながら言った九井の言葉に、部屋の中の温度が下がった気がして無意識に身震いする。
うわ、よく分かったな…と呑気に思ったオレも今、九井の言葉を聞いて思い出した。

2年前、中部地方を占めるヤクザ・蕪谷組の組長の娘が何者かに拉致された。
通学以外で滅多に外に出さない箱入り娘と噂された、組長の愛娘。
誰に、どうやって拉致されたのか…真実は一向に明かされることはなく捜索は難航し、蕪谷組の組長は全国放送で当時21歳の娘の顔を公開した。

発見した場合、賞金は三億円。

堅気だろうとそうじゃなかろうと関係なく、日本中…後に世界中がその娘を捜し大騒ぎになった。


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