第1章 オレにはしてくんねーの?《松野千冬》
のそのそと、恥ずかしそうに、でも早くこっちに来たそうな顔をした蛍は、大人しくオレの腕の中に正面からおさまった。
クーラーで冷えた体はひんやりとしていて気持ちいいのに、オレの鎖骨あたりにかかる蛍の吐息はとても熱い。
「蛍」
「ん…?」
「ペケにはして、オレにはしてくんねーの?」
「…え、なにを?」
「ちゅー」
「っ!」
キスをするのは、いつもオレから。
蛍からされたことは、この半年の間で数えられるほどしかない。
最近なんてオレからばっかだ。
耳まで赤くした蛍は、オレの胸元の服をギュッと掴んだ。
オレの肩口に額をこすって、それから小さく呟く。
「…は、恥ずかしいんだもん…」
「ペケにはするのに?」
「っ、ペケは…その、好きの意味が、違うから…」
「ふーん」
「……ちふゆ、」
「ん?」
「……」
「……」
「…〜も、千冬のいじわるっ」
「ははっ、何が」
瞳を潤ませて見上げる蛍の表情で、オレにどうしてほしいのかわかっているけど、あえてそうしないオレに蛍は頬を膨らませた。
「ちゅーしたいならすれば?」
「ぅ…」
蛍の鼻にオレの鼻をくっつけて、ニヤリと笑う。
逃げないようにと蛍の腰と背中に腕を回してきつく抱きしめると、悔しそうに眉を寄せた。
変な顔にふと喉から笑い声が漏れそうになるけど、真剣そうだったから我慢する。
催促するように額もくっつけると、ようやく観念したのか、蛍は俺の唇にそっと触れるだけのキスをした。
リップクリームで潤った小さな唇は、柔らかくて、唇が溶けてしまいそうなほど気持ちがいい。
ずっと続けばいい…そう思ったのに、あろうことか蛍はすぐに唇を離した。
「…え、終わりか?」
「お、終わりっ」
あまりにも一瞬すぎるバードキスに、逆に拍子抜けしてしまう。
せっかく蛍からキスしてくれたのに…一瞬で終わるなんてもったいなすぎる。
「蛍、」
「や!」
「もっかい」
「やぁだ!むり〜っ」
顔をこちらに向けさせようとするけど、蛍は頑なに拒む。
でも、俺も負けるわけにはいかない。
もう蛍とキスをしたい気分でいっぱいだから。