第3章 甘えて、いい…?《佐野万次郎》●
「……っ、は?」
「好きなように、抱いてほしい…っ」
「ちょ、待てって、そんな怖がって震えてんのにできるわけ、」
「いいの、万次郎だからいいのッ!!」
万次郎だから。
あんな人たちの言葉も、声も、手つきも舌の感触も、全部ぜんぶ上書きするように、いっぱい触って欲しい。キスしてほしい。抱いてほしい。
「蛍、って…いっぱい呼んで…?」
「……、」
「忘れさせてよ…っ、万次郎が、ぜんぶ、上書きして…っ」
震える手で万次郎の頬を包んで、万次郎の呼吸を奪うように唇を塞ぐ。
目を見開いて固まる万次郎に構わず、薄く開いている唇の隙間にそっと舌を滑り込ませた。
涙を零しながら目を伏せて、感覚だけで万次郎の口の中を舌で遊ぶ。
こんなこと、あの人たちにはしてないし、一度もされてない。
キスなんて絶対にさせなかった。…頑張って、逃げた。
私がこんなキスを自分からするのは、…されて許すのは、万次郎だけなんだから。
「んっ、チュッ、はン、ぁ…っ」
「っ…ふ、」
本当は目を開けて、万次郎の顔を見つめながらキスをするのが一番いいのかもしれないけど…
それはちょっと、恥ずかしい、から。
そっと髪を梳けば香ってくるシャンプーの香りと、…口の中に広がる唾液の味で、この人は私の大好きな、大切な、愛しい佐野万次郎なんだって……自分の頭の中に植え付ける。
控えめに舌を吸って、舐めて…絡めて、時おり歯を立てて。
上顎をくすぐって、舌先が万次郎の舌の根元に届くように、唇を押し付ける。
私の、勝手に溢れ出てくる唾液と、口内に流れてきた万次郎の唾液を舌で混ぜて飲み込んでも、飲みきれずに溢れてしまって。
でも口の端から顎に伝った唾液は、万次郎がほんの一瞬で舐めとってくれた。
初めてディープキスをした時に学んだ鼻呼吸を繰り返して、頭がクラクラしてきてもやめなくていいように、唇を離さなくてもいいように、意識を集中させて万次郎の口内を貪る。
「…っ、〜ヂュッ」
「ふぁ、ンッ…!?」
そんな私のキスに何も言わずに応えてくれていた万次郎だけど、突然、一度だけ強く舌を吸われて驚いた私を、強制的に自分から離したのだ。
拒絶、された…?と一瞬だけショックを受けたけど、そんな考えはすぐ捨てた。
少し俯いた万次郎の顔が、…耳まで赤く染まっていたから。