第2章 その面ぶっ潰してやる《佐野万次郎》
「ふっ。場地、グッドタイミングなんて言葉知ってんだ?」
《あ゙?舐めンじゃねーぞ、つい昨日千冬に教えてもらったばっかだっつの》
「ん゙ふっ」
《笑ってンじゃねー!…で、蛍は》
返り血が混じった唾を吐き出し、手の甲で顔についた血を拭う。
まだ目を覚まさない蛍へ近づきながら、ふと携帯を持った手と反対の手を見れば、爪の中まで血だらけだと気づいて。
一番近くに倒れている男の服で手を拭いた。
こんな手じゃあ、蛍に触れないから。
「気絶してるから、今起こす。ギリ未遂で終わったっぽい」
《おー、良かったな》
「まあ蛍に跨ってた男の手と顔は潰したけど」
《だろーな》
お前ならやると思った、と言う遠慮を知らない場地に笑って、腫れている蛍の頬にそっと触れた。
熱を持っていたから思わず眉を寄せ、冷やさねーと…なんて冷静に頭の隅で思う。
《起きたら早く蛍連れて神社戻ってこい。話は聞き終わったし、ドラケンがエマ連れてきてる》
「あはは、やっぱりか」
《…なんつーか、エマがキレて大変なんだわ》
「は?エマが?」
《あー、まあ後で話す。…ちゃんと蛍と仲直りして帰ってこいよ》
「いやまず喧嘩してねーし」
オレも蛍も悪くねーし!と強めに言えば、場地は「へーへー」と言いながら通話を切った。
場地に“言葉を選ぶ”という思考力を植え付けるよう、千冬に伝えねーと。
「…蛍」
口の端についた、血の流れたあとを指で拭う。
乾いていてなかなか取れなかったけど、少し薄くなった。
「蛍、起きて。もう終わったよ」
目尻からこぼれ落ちたであろう涙の乾いたあとも、そっと拭った。
蛍の首を持ち上げて、地面にあぐらをかいて座ったオレの膝に頭を乗せる。
するとその振動のおかげか、ようやく蛍の目が薄く開いた。
「…ん、…ぅ…」
「蛍」
「……ま、…じろ…?」
「うん。万次郎だよ」
「あ、れ…うそ、幻、覚…?」
「まさか。ホンモノ〜」
ゆっくり、徐々に見開かれていく蛍の目。
殴られたのは頬だけらしく、目元は正常だ。
驚いた蛍の顔を見て安心し、思わず口角が上がった。