第16章 今の、ファーストキス?《場地圭介》
「場地ってけっこうガサツっぽい感じするし」
「?そんなことないよ、圭介くん優しいし、気遣ってくれること多い、し…」
「え〜?そうかなぁ」
(ケンちゃんの方が優しいと思うけど)とエマは何となく口にできなかった。羞恥心が勝ったらしい。
落ち着きを取り戻した蛍と、胸中でワクワクが止まらないエマはぽつぽつと恋バナをしながら、夕飯分の皿洗いを終わらせた。
まだまだ話し足りないエマは二人分の麦茶を用意し、蛍を背後のダイニングテーブルに誘うから、恥ずかしがりながらも蛍は席に着こうとした。その時。
「げほッ、ンぐぅ…っ」
皿洗い中ずっと背後で噎せていた人物、佐野家の長男である真一郎がゴンッ、とダイニングテーブルに突っ伏した音が響いた。
まだ噎せていたのか?というかなぜ噎せていたのかがわからない姉妹二人は目を移す。そこにはテーブルに置かれたコップを握りつぶさんばかりに握っている真一郎。ゼェゼェと痰が絡んだような呼吸をしながら、真一郎はのっそりと顔を上げて妹二人を見つめる。
蛍とマイキーに似ているその目にはじんわりと涙が浮かんでいて、今にも溢れそうだ。
「っ…蛍も…嫁にい、行くのか…?」
長兄特有のシスコン魂が真一郎の涙腺を崩壊させたらしい。
“蛍も”、というのは、エマにはもう好きな人がいることを知っているから。
今年14歳という年端もいかない末妹が、もうすでに嫁にいく勢いで想い人にアプローチしていることを弟妹づてに聞いていたからこその、“蛍も”だった。
弟妹たちから何も知らされていなかった、蛍の恋……真一郎はショックどころではない。
長兄である自分は結婚、否、彼女…好きな人すらいないというのに。
可愛い可愛い妹たちの吉報(しかし真一郎にとっては悲報である)は、涙腺を崩壊させるには十分だった。
蛍にとってはまだ想い人と恋人ですらないのに、長兄に“嫁”と言われて首をかしげるしかない。エマはそんな長兄の姿に、無心でただ視線を向けている。
チクショォ…と真一郎の呟きだけがむなしく響いた。
「グスッ…でも、そうか、好きな人いるのか…良かったなぁ蛍…っ」
「?あ、うん…?」
何で泣いてるの?と姉妹は聞けなかった。