第15章 悪いと思ってる《松野千冬》
「…場地さんには、悪いと思ってる…アンタも、場地さんしか見えてないってわかってんだ!でも、っでもオレは、本気で、ッ…」
きゅ、と蛍さんを抱きしめている腕のブレザーが小さな手で柔く握られて、シワをつくる。
そこで、ようやく我に返った。
不思議と、勢いで口走っていた言葉をすべて覚えていて…少しずつ羞恥心が襲ってくる。
でもここまで言ってしまったなら、躊躇する必要なんてない。
「…ぅ、失いたく、ないんスよ…どこにも行かないでください…ッ」
さらさらと優しい風に揺れる髪で隠れたうなじに、鼻を擦りつける。
いつも香ってくる洗剤やシャンプーの香りとは違って、少し汗ばんだようなにおいがした。
蛍さんが生きてる、って…ここにいるって実感できたことで、だんだん気持ちも落ち着いていく。
「ち、千冬?」
ようやく、と言うふうに、オレの言葉が途切れた隙に蛍さんは口を開いた。
「っ…はい」
「えーっと……うーん、何から言えばいいかな…」
「?」
戸惑うように頭を俯かせる蛍さん。
オレは後ろにいるし、彼女も前を向いているから顔は見えないけど、本当にどう切り出そうか悩んでいる様子にほんの少しだけ腕の力を弱めた。
「…ま、まずね?あたし、…飛び降りようとしてたわけじゃ、ないから…」
「………そ、なんスか…?」
「…うん。それから…んー、その……千冬、勘違いしてるみたいなんだけど…」
飛び降りようとしたわけじゃない…その言葉にひどく安堵したのも、束の間。
蛍さんはとんでもない爆弾を投下した。
「あたし別に、圭ちゃんの彼女じゃないよ?」
緩んだオレの腕の中で、蛍さんは体を回転させる。
目の前、すぐそばに好きな人の顔があって、顔に熱が集まり…
そうになって、一瞬でその熱は引いた。
「…………ぇ、…はっ?」
「ん。圭ちゃんとはそういうんじゃないよ、って」
「……〜っい、いやいやイヤ、」
この人何言ってんだ???
「蛍さん、嘘なんかつかなくていいっスよ、オレ知ってますから!二人が付き合ってたってこと、」
「あたしはっ!」
視界がクラクラして、チカチカする。
「千冬が好きなのっ!!!」