第15章 悪いと思ってる《松野千冬》
ノブを捻って屋上のドアを開ければ、ふわりとゆるい風が校内に入りこむ。
今日は思ったより風が強くないらしく、天気もよくて気温も少しだけ温かい。
11月とは思えないな、と思いながらも屋上を見渡す。
けど、誰もいない。
まさか、違う場所なのか?と眉を寄せて空を見上げれば……ふと、覚えのある香りが鼻腔をくすぐった。
同時に、屋上の入口から死角になっている方からギッ…と何かが軋む音が聞こえてきて。
良かった、いるみたいだ、と。
ドアから手を離して屋上に踏み入り…音のした方へ視線を向ければ。
屋上の手すりに手を置いて、外側に身を乗り出している蛍さんの後ろ姿が、そこにあった。
「ぁ、蛍ッ!!!」
何を思うよりも、口と足が動いて。
ビクッ!とオレの声に大袈裟に反応した彼女の肩が揺れるのを目でとらえつつ、その先へ進んでしまう前に後ろから蛍さんを抱きしめ、止めた。
「ッに、やってんだよ!!?」
「え!?な、」
「アンタまでオレを置いていくのかッ!!」
「っ…」
彼女の腕ごと、肩と腹にまわして抱きしめた腕に力を込めて、離れないように。
オレと同じ色のブレザーを着た彼女の肩に、額をぶつけて叫ぶ。
「オレを置いてっ、二人一緒にいかないでくれ、…頼むから…ッ」
敬語じゃないとか、蛍さんを呼び捨てしてしまったとか、何も考えていない。
何も考えられない。
口がただ勝手に言葉をつむいでいく。
「好きなんだよ、アンタのことが…ッ」
自分で何を言っているのかすら、よく理解できないほど混乱していた。
蛍さんのブレザーをオレの涙で汚してしまっていることさえ、気づかないほどに。
…もう、失いたくなかった。
人生で初めて尊敬した人を失ったばかりなのに、人生で初めて恋に落ちた人も失ってしまうなんて…そんなの、考えたくもない。
経験するなんて以ての外だ。
手離したくない。
ここにいてくれ。
オレを独りにしないでくれ。
そう思いを込めてさらに強く抱きしめれば、蛍さんが身じろぐ気配がして、固唾を呑む。
「千冬…」
数日ぶりに、大好きな声で名前を呼ばれたことが、嬉しくて。
じわじわと胸が熱くなって、心臓が大きく跳ねた。