第15章 悪いと思ってる《松野千冬》
「紹介するワ。オレの──」
「きみが松野くんっ?」
「え?あ、ウス…」
場地さんが、親指をさして女を紹介しようとするけど、それを遮るように女はオレの名を呼んだ。
まさか知られているとは思わず、生半可に返事をしてしまう。
でも女は気にしてない様子で、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
「あたしは蕪谷蛍!蛍でいいよっ」
「……蛍、さん…」
「さん付けいらないのに〜」
「や、そーいうわけには…」
「あたしたちより一個下だよね?圭ちゃんみたいに千冬って呼んでもいーい?」
「……あ、っス…」
「千冬引いてんじゃねーか、落ち着けよオマエ…」
「え〜、だってかわいいんだもん」
「あだ、大丈夫です、ぜんぜん…」
マシンガントークってこういうことを言うのか?
別にうるさいと思うわけじゃないけど、元気な人だなと思った。
…同時に。
場地さんを軽く小突いたり遠慮なく抱きついたり…場地さんのことを「圭ちゃん」と慣れたように呼んでいるから、確信した。
幼なじみ、ダチ以上の関係…この人は場地さんのヨメさんだ、と。
いわゆる、恋人。彼女。
さらなる決定打は……顔へのキス。
「もう、優しくない圭ちゃんにはチューしちゃうんだからねッ」
そう言って、場地さんの両頬を包みこんで頬の下あたり…顎に唇を押しつけた行為。
慣れているそれと、場地さんの呆れたような「外ではやめろって言ってんだろ」の一言。
ツキリと走った胸の痛みには気づかないフリをして、平然を装った。
「千冬、慣れたら敬語も外していいからね?堅苦しいの好きじゃないんだ、あたし」
「いや、でも………まあ、ハイ、そのうち…」
「うん!よろしくね!」
髪を揺らして無邪気に微笑む、蛍さん。
場地さんのヨメ。
…ダメだ、絶対に。
場地さんの彼女なんだから、好きになっちゃいけない。
この気持ちは隠し通すべきだ。
二人の様子を見れば、もしかしたら結婚までいく可能性も…ないわけじゃない。
何があっても、オレの蛍さんへの好意は墓まで持っていくべきだ。
わかっているはずなのに、一目惚れした直後に失恋というのはかなり…やるせない。
蛍さんと先に出会ったのがオレだったなら…と、考えずにはいられなかった。