第14章 たまには家で《灰谷竜胆》
竜胆くんと出会った日を夢で見た。
別に、よくある話と言えばよくある話で。
酔っ払いに絡まれているところを助けてくれたのが、たまたま偶然通りかかった竜胆くんだったってだけ。
本当に、神様の気まぐれなイタズラ程度の出会いだった。
でも竜胆くんは、私と出会ったあの時のことを「一目惚れだった」って言ってくれた。
私もだよ、って伝えたら照れながら喜んでくれたよね。
時の流れに身を任せるままいつしか恋人になっていて。
社会に背く人とは思えないような、竜胆くんの溢れるほどの優しさを私は知ったの。
もっと好きになった。
どんどん好きになってく。
だから、すごくショックだった。
せっかく久しぶりにデートできる予定だったのに、熱が出るなんて。
こんなイタズラをするなんて、神様はなんて意地悪なんだろう。
「…──?」
ふと、目元を何かが掠めた感触がして、重い瞼を持ちあげた。
熱のせいか小刻みに揺れる視界にうつり込んだのは、夢の中にも出てきた愛しい人。
肩を大きく揺らして呼吸を整えている様子の、竜胆くんがいた。
「…りん、ど…」
「わり、起こした」
「んーん…」
「はぁー…焦った、つかビビった」
俯いて深くため息を吐き出して…すぐに顔を上げる。
焦った表情をしていた竜胆くんは、どこかホッとしたような表情に変わっていた。
「…?しごとは…」
「ンなもん後からどうにでもなる。オマエが倒れたんじゃねぇかって、焦って切り上げてきた」
「ぁ…ごめん、私のせいで」
「いーって。それより熱は?まだありそう?」
「……わかん、ない」
「…結構あちぃな、冷えピタあるっけ」
私の額に触れて、流れるような動きで目元を指先で拭われる。
そこで初めて、寝ながら涙を流していたんだと気づいた。
立ち上がった竜胆くんが、冷蔵庫のある方を見つめたあと私の目の前からいなくなろうとするから…無意識に竜胆くんのスーツの裾に手が伸びて、掴んでしまった。
つん、と服が引っ張られたことで、離れようとしていた竜胆くんが足を止めて私の顔を覗き込む。
「どした?」と垂れている目をさらに垂れさせる竜胆くんに、正直に「いかないで」と言ってしまった。
寂しい、とつけ足せば、少しの沈黙のあとに急な浮遊感。
抱き上げられたと気づいたのは、ふらふら揺れる自分の足が視界に入ってからだった。