第14章 たまには家で《灰谷竜胆》
「うそでしょ…?」
夜も更けはじめる頃の、22時すぎ。
明日はいよいよ休みだ、と疲労が溜まりに溜まってふらつく体でなんとか帰宅し、手洗いとうがいをしてからふと倦怠感を覚えてなんとなく手にした、体温計。
脇の下に挟んで30秒。取り出して表示された数値を見て、絶句した。
【 38.2℃ 】
嘘だと言ってください、誰でもいいから。
「あしたは竜胆くんと二ヶ月ぶりのデートなのに…!」
とりあえずメイクだけは落として、顔のケアを終えた。
熱が高いからもちろんお風呂には入れないし、食欲もないからと仕事着のままソファーに座れば、そのままずるずると体が勝手に横へ倒れていく。
そして、微塵も動けなくなった。
動くのは口だけ。
「あ…竜胆くんに、連絡しなきゃ…」
でも体が動かない。
それに、竜胆くんはきっとまだ仕事中だ。
竜胆くんが勤めている会社に歯向かった悪い人たちを、お仲間さんたちと一緒にコロコロしているはず。
だから電話じゃなく、ラインで文字をうって伝えておくという手段でなくてはいけない。
仕事の邪魔をしたら申し訳ないし。
…でも、指が正常に動いてくれるかどうか。
「………竜胆くんごめん」
電話をかけることにした。
ソファーの横に放っていたカバンからスマホをとって、電話帳の履歴から竜胆くんへ電話をかける。
ひとつ、ふたつとコール音が響いて、6回目でようやく繋がった。
やっぱり仕事中で忙しかったんだ、本当にごめんなさい。
《蛍?どした?》
「あの、ごめんなさい、仕事中、だよね」
《あー…ウン、まあな。でもいーよ、なに?》
「……っ」
泣きそうになってしまう。
竜胆くんの声が優しくて、竜胆くんのことが大好きだから声を聞いただけでも何だか安心してしまって、でも逆に寂しくなって。
鼻がツンと痛んで一瞬で視界が滲んだから、何も言えなくなる。
喉の奥から小さな嗚咽だけがこぼれた。
《…蛍?まさか何かあっ》
「ね、ねつ、でちゃって」
《は…え、熱?どんくらい?》
「さっき、38度超えてて…すごく、だるく、て…」
《そりゃ辛いわ。なんか薬飲んだ?……蛍?》
竜胆くんが何か言ってる。
でもよく理解できない。
電話が繋がったまま、私の意識は途切れた。