第13章 パステルピンク《今牛若狭》●
「まァ、真ちゃんの身内だったのはびっくりしたケド。知ったのはあの日だよ」
「…じゃあ、あの日ずっと見つめてたのは、」
「ん。再会しちゃったなーって」
あの日…真ちゃんの携帯を届けに溜まり場へ行って、若狭くんを殴った日。
彼はパンチラ事件が起きるまでずっと、私を見つめるだけで一言も話さなかった。
つまり、…つまり?
私だけが知らなかったってこと?
若狭くんは私を見た瞬間に、数年前のあの日を思い出していたってこと?
「運命ってやつ、感じちゃったよ。そういうの全然キョーミないはずなのにさ」
運命。
その一言に、ひときわ大きく心臓が脈打つ。
「……わかさくん、は…」
「ねえ蛍、もっかい聞いていい?」
「っ…な、に?」
「蛍は“白豹が”好き?」
彼の胸に置いていた手を、そっと握られる。
暑いのに、私の手を包みこむ若狭くんの手は少し汗ばんでいるのに、どこかひんやりしている。
余裕そうに見えていたけど、若狭くんのその温度は、彼の緊張感を示していることに違いなくて。
「オレはさ、蛍には“白豹”じゃなくて“今牛若狭”を好きになってほしいなーって」
繋がれた手から、お互いの心臓の音が聞こえてきそうだった。
「…たぶん、もう、」
「ウン」
外の暑さなんて微塵もわからないくらい、顔が熱い。
「…“しろひょう”さんじゃなくて、若狭くんが好きだよ」
無意識に、上目遣いになっているだろう自分の瞳が揺れている感覚がする。
目と目が合えば、若狭くんの犬歯がゆっくりと姿を見せて、左耳で揺れるピアスが小さく音を立てた。
ひたり、と額がくっついて、甘く掠れた声が鼓膜を震わす。
「じゃあさ…キス、していい?」
オレずっと我慢してンの。
私の手を片手で持ちなおし、空いた手で耳をくすぐられる。
肩を竦めながらも控えめに、ごく小さく頷けば、あやめ色の瞳が細められて…
「…んじゃ、イタダキマス」
牙を隠した豹に、吸い付かれる。
初めての感触に戸惑う時間すら与えてくれない…そんなキス。
ずっと追いかけていた“あの日の豹”に再会し、密かに追われていたことに気づくと同時に捕食されて。
食いついた獲物は逃がさない…そんな獰猛な獣からはきっと、一生逃げられないのだと悟った瞬間だった。