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【東リべ/中・短編集】愛に口付けを

第2章 その面ぶっ潰してやる《佐野万次郎》





蛍と出会ったのは、真一郎が死んだ年の12月。
オレはまだ、中学1年生だった。
中旬なのに、雪じゃなくて雨が降っている日だった。

エマに止められたのに家を飛び出したオレは、真一郎の形見のバブに乗って、雨の中ただ無心で走った。

理由は特にない…ってわけじゃなくて。
今日は真一郎の月命日。ちょうど4ヶ月。
なんかむしゃくしゃして落ち着かなくて、冬なのに部屋着の上に秋用のアウターを着てマフラーを巻いただけという何とも寒い格好で、気づけばバブを走らせていた。

エマが止めるわけだ。雨降ってるし。



『あの…』
『……あ?』



誰もいない湖のほとりにバブを停めて雨の音を聞いていた時、突然話しかけられた。
赤いランドセルを背負って、鼻を真っ赤にしている女の子。
ピンクと白のチェック柄の傘をさして、オレを不思議そうに見つめていた。



『寒くないんですか…?』
『…は』
『あの、すごく薄着だから…』



傘もさしてないし…と、目をそらすことなく、真っ直ぐオレを見つめる瞳に吸い込まれそうになって。
慌てて目を逸らした。

…今は独りにしてほしいのに。



『…別に。寒くねーし』
『……』
『……何』



オレの、この無敵のマイキー様の言葉を無視して、その子はただ黙ってオレを見つめている。
思わず顔を顰めて睨めば、その子はとんでもないことを言い出した。



『…あの、私の傘、あげます』
『は?』
『あっ気にしないでください、私の家すぐそこなので!』
『……オレ、バイクなんだけど』
『え?…あっ』



傘さして自転車乗るのも危ねーのに、バイクなんて論外だ。
何言ってんだコイツ、と思いながら跨ったままのバブを指させば、傘を差しだすその子は目を見開いた。

その顔が、なんだか無性に可笑しく感じて。



『ぶふ、あっははは!』
『えっ何で笑うんですか!?』
『ぐふ、ふふ、…オマエ、面白いね』
『へ? そ、そう、ですか?』
『うん。面白いっ』
『ええ…?』
『名前は?オレは佐野万次郎。マイキーって呼んで』
『佐野、くん?私の友達と同じ名字だぁ!私は蕪谷蛍です!』



独りでいたかったのに。
何も考えたくなかったのに。
誰かと話す気もなかったのに。

蛍のどこかズレた優しさに、あの日オレは、…救われたんだ。


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