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【東リべ/中・短編集】愛に口付けを

第13章 パステルピンク《今牛若狭》●





あの時の全てを真ちゃんに話しても「無事でよかった」と安堵するだけ。
彼の特徴を言っても首を傾げていたから、あの時の真ちゃんは本当に知らなかったらしい。

私が万作さんの道場に入門したのは、それがきっかけ。
最低限、自分の身は自分で守れたら…と思ったから。
元々素質があったらしく、覚えは早かった。
強くなったと自覚する度に街へ出かけて彼を探すけど……まるで、最初から彼なんて人間は存在していなかったかのように、見つからず終い。

些細なことと言えば、些細なこと。
でも、会いたい。
もう一度だけでもいいから。
会ってお礼を言いたい。

毎日毎日、彼の後ろ姿ばかり思い浮かべていたせいかもしれない。
気づいた時にはもう、彼へ向ける感情が別のものに変化してしまっていた。













異性に惚れやすい性格ではなかったはずなのに…人間って、不思議だなぁ。

若狭くんとのデートから、数日経ったある日の午後。
お昼ご飯のあとの食器を洗いながら、彼との出会いを思い出していた。

まさか、若狭くんだとは思わなかった。
髪の色も、背格好もそんなに変わってないはずなのに…偶然耳にした異名でしか気づけないなんて、どういうことなの?私ったら。



「あんなに探しまわってたのに…き、急に現れるから…」



まあ…これが真ちゃんの言う“また出会う日”、なんだろうけど。
はぁ、とため息を吐き出しながら、これからどんな顔して若狭くんに会えばいいの…と、一日に数回はメールのやり取りをする彼を思い浮かべる。

またデートしよ、って…メールが来たのはいつだっけ。
それにしても、歯の治療が終わったなら私とデートする意味ないんじゃ…ああでも一度だけでもなにか、食事くらいは奢らないと私の気が済まないし…
ていうか恩人で、あげく好、す…すき、…だった人の顔を殴るって、私とんだおバカじゃない…!?

瞼を半分だけ閉じて小さく唸っていると、家にインターホンの音が響きわたった。
お客さんだ、出ないと、と手の泡を洗い流そうとすれば、居間にいたらしい万ちゃんが玄関に向かっていく足音が聞こえてきて。
「万ちゃんごめん、お願い!」と言えば「ウン」と小さく返事が聞こえてきたから、食器洗いを再開した。



人任せにせず、私が出ていれば……と後悔するのは、それから2分後のこと。


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