第13章 パステルピンク《今牛若狭》●
「何でここに…!?」
「あ゙?オレのシマで、オレが散歩してちゃ悪ぃのかよ」
高くも低くもない、変声期の終わりかけのような声。
私自身も凍えそうなくらい声色は冷たいのに、頭に置かれた手は優しい。振り向けないけど、痛くはないのだ。
「あんま舐めた真似すンな。…殺すぞ」
空気に亀裂が生じたかと思うほど、低く、最も冷たい声だった。
後ろにいる彼のその言葉を最後に、顔を青白くした彼らは小さく悲鳴をあげて走り去っていく。
そんな彼らの背中が見えなくなって、ようやく涙が引っ込んでいたことに気づいたけど…次いで、この状況に思考が追いつかない。
後ろにいる彼は私を助けてくれたのか、それとも……
「あの二つ目の角、右に曲がって真っ直ぐいけば大通りだから」
視界の隅に入った人差し指に、一瞬だけ呼吸が止まる。
先ほどまでの恐怖と、三人の男を追い払って道を教えてくれた彼への安心感から、体が震えだした。
なにか言おうとしても「ぁ…ぅ、」と掠れて声にならない母音しか出てこなくて…でもお礼を言わなきゃ、と焦りだした時。
ほんの、2回。
頭に置かれていた手が、私の頭を撫でた。
え…?と硬直する私をよそに、彼の手の感触と気配が離れていく。
ほぼ無音に近い足音をたてながら、彼が私の帰り道とは反対方向へ向かって去ろうとするから…顔を見ようと振り返ったけど、当然彼はすでに、私に背中を向けていた。
真っ白いズボン、そして黒いシャツに映える色素の薄い柔らかそうな髪。
暗がりでもわかる白い肌は、女の子みたいに細いのにしっかり筋肉がついていて、なで肩だけど肩幅も広い…そんな男の人。
「っ、ぁ…ありがとうございましたっ!!」
大声でそう言っても彼は歩みを止めず、振り向いてくれない。
でも代わりと言わんばかりに、後ろ手にひらひらと手を振って、路地裏特有の暗闇に溶け込んでいった。
それからずっと、彼の後ろ姿がいつまで経っても頭の中から消えることがなかった私は、どうしても彼にもう一度お礼を伝えたくて、学校がお休みの日中は街中を探しまわった。
あの時、三人の男たちが口にしていた…“しろひょう”という異名。
それを頼りに探そうとも思ったけど、不良に話しかける勇気もないし…また何かあってもいけない。
何の手がかりも掴めないまま、時間だけが過ぎていった。