第13章 パステルピンク《今牛若狭》●
桜の蕾が開きかけた頃だった。
塾に居残ったせいで夜遅くなってしまった帰り道、春とは思えないほど空気が冷えこんだ路地裏を早歩きで抜けようとしていた。
いつもは大通りを通って帰るけど、何だか今日の大通りは騒がしくて…たぶん、不良同士が揉めあっていたからだと思う。
避けた方がよさそうだ、ととっさに路地裏に入ったものの、歩き慣れないそこで道に迷ってしまったのだ。
まっすぐ進んでも、角を曲がっても、大通りに出られない。
早く、早く大通りにと足を進めるのに、どんどん奥へ誘われているような気がして。
「なぁにしてんの〜?」
「っ…え?」
私の足音しか響いていなかった路地に、不気味な声が響いた。
後悔することになるとは知らずに、肩を震わせながら足を止めてしまう。
声がした方へ振り向けば、厭らしい笑みを浮かべる三人の男たちが近づいてきていた。
「こんなとこに一人でいたら危ないぞぉ?」
「俺らが案内したげよっか?」
「…あ、いえ、大丈夫です、」
「でもさっきからずーっと歩き回ってるよね〜キミ」
その言葉に、どくんと心臓が大きく脈打った。
何故知っているのか、問うまでもない。きっと彼らは、ずっと私の後を追ってきていたのだ。
足音なんかしなかったのに…そう思うと同時に冷や汗が額や手に滲みだして、肩にかけていたトートバッグの端っこを強く握りしめる。
居残りなんか、するんじゃなかった。
「だいじょぶだって、何もしねぇよ〜」
「俺らこの辺詳しいからさ?」
この時は、まだ携帯電話を持っていなかった。
もちろん助けを呼べないし、だからと言って走って逃げてもきっとすぐ追いつかれる。
どうしよう、たすけて真ちゃん…!
じわ、と歪み始めた瞼に力を入れて、泣いてしまいそうになるのを我慢しながら後ずさる私を無理やり捕まえようとする彼らが、目の前まで来た……その時だった。
「何やってんの」
ポン、といきなり後ろから頭に手を置かれ、硬直する。
背後からふんわりと爽やかな、香水とは違う優しい香りが漂ってくる。
思わず振り向こうとしたけど、頭に置かれた手がそれを許してくれない。
まるで、振り向くなとでも言われているかのようだった。
「あン?…っな、」
「し、白豹…!?」
……しろ、…ひょう?