第13章 パステルピンク《今牛若狭》●
「っ…知ってたなら、」
「あン時はまだわかんなかったんだよ、オレも」
「……」
「でも、いつか“また”出会う日が来るって信じてたから、敢えて言わなかった」
「…なに、それ、……っまさか、この前携帯忘れたのって、」
「ぇあ、いや、あれはガチのやつ」
はは、と力なく笑ってからタオルで手を拭うと、私の方へくるりと体ごと振り向いた。
思わず離れようとするけど、一瞬でくしゃくしゃと髪を少し乱すように頭を撫でてきた真ちゃんに、ムッと頬が膨らむ。
でも、それはすぐ萎んだ。
「楽しかったか?」
「!……ん…」
「いい奴だったろ」
「…うん」
「男には容赦ねぇけど、優しいし」
「うん…」
「なら、いい加減自分の気持ちに素直になれよ、正体わかったんだから。な?蛍」
頭を撫でていた手は、私の両肩に下ろされた。
顔を覗き込んでくる真ちゃんの笑顔が、あまりにも優しくて…ゆっくり瞬きすると同時にじわりと視界が歪むから、それを隠そうとギュッと目を閉じて真ちゃんの胸に飛び込んだ。
しっかり受け止めてくれる腕に、ひどく安心してしまう。
“あの日”の出来事は、真ちゃんに全部伝えてある。
もちろん、私の曖昧な気持ちも…“あの人”のことも。
全部を知っている真ちゃんだからこそ、私の背中を押す力がある。
数年のわだかまりは、するんと一瞬で形を失くした。
「…真ちゃんのくせに」
「な、どういう意味だコラ、」
「お腹すいた、ご飯食べる!」
「は?え、食ってきたんじゃねぇの?」
「ミニパフェ全部食べられなかったの!変な人達が来たから!」
「ミニパフェかぁ…ん?なんだ変な人達って?誰だ、お兄ちゃんに教えろ!そいつらぶっ潰す!」
「真ちゃん弱いじゃん!」
「ッぐ、弱い言うなぁ゙…」
「若狭くんがちゃんとコテンパンにしたし!それに真ちゃん私と同い年だからお兄ちゃんじゃないもん!」
「何ヶ月かはお兄ちゃんだろ!?てかいつの間に名前っ…嫁にはやらんッ!!」
“あの人”の顔も、本名も、どこにいるのかも今まで知らなかったけど…
“あの人”であるという決定的な証拠を今日、掴めた。
“しろひょう”という、異名。
もし彼が、…若狭くんが本当にその“しろひょう”なら。
“あの日”のことを覚えていてくれてるだろうか。
まだ私が、中学2年生になる前のお話を。