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【東リべ/中・短編集】愛に口付けを

第13章 パステルピンク《今牛若狭》●





水族館を出たのは、午後だった。
何時間いたっけ、と二人で笑った後はウインドウショッピングをしたり、アクセサリーショップを巡ったりして。
若狭くんは変わらず嫌な顔ひとつせずに、私が行きたいと言ったところに足を向けてくれた。

嫌じゃないの?と聞けば、「蛍のこと知りたいから」なんて言われて、思わず赤面してしまった。
冷房がきいたデパートの中だったから、暑いねと言って誤魔化せなくて。
何て返したらいいのか正解がわからなくてとりあえずお礼を言えば、無言で微笑んだ若狭くんに頭を撫でられた。
子供扱い?と思ったそれを覆したのは、そのあと。



「どーぞ、オヒメサマ」
「ぅ…そ、それは恥ずかしい…」
「いーからホラ、座って」



夕方、ほんの少しだけ涼しくなり始めた頃。
足休めに、お洒落なオープンテラスがあるカフェに寄った。
店内で注文をしてからテラス席に座ろうとすれば、若狭くんは椅子を引いてくれて…どこまで紳士的なんだろう、とまた頬が熱くなるのを感じながらお礼を言った。

運ばれてきたミニパフェを食べながら、ウーロン茶を飲む若狭くんに気になっていたことを聞いてみる。



「若狭くんて、彼女いるの?」
「…何で?」
「な、何となく」
「いねぇよ。…固定はいたことない」
「こ、こてい…?」



こてい…固定?って何だろう。
若狭くんはたまによくわからないことを言う。
…私がわからないだけかもしれないけど。



「今朝の女の子たちは、知り合いじゃないの?」
「んーん。逆ナンってやつ」
「えっ、あ、あー…」



どうりで、若狭くんがつまらなそうにしてたわけだ。
友達や知り合いなら、少しくらい楽しそうに話してるはずだし…逆ナン、逆ナンかぁ。すごいな、そんな自信持てる女の子って。



「蛍は好きなひといンの?」
「え、…私?」



試すような若狭くんの視線に、クリームをすくったスプーンを落としそうになる。

動揺してしまった。
視線をさ迷わせて、答えようかどうか迷っていると、若狭くんは体を前のめりにして私の顔に手を伸ばしてきた。
思わずのけ反ろうとする前に、若狭くんの親指が先に私の口端に触れて。
何かが口端に付いていたらしく、それを拭ってくれた若狭くんは目を細めながら、指先を私の頬へ滑らせる。

その指が少し、震えているような気がした。


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