第13章 パステルピンク《今牛若狭》●
「わあ!見て今牛くん!あ、次あっち行こう!」
「ンな急がなくてもアイツら逃げないって」
薄暗い中、青く光る大きな水槽を見上げながら今牛くんの手を引く。
人混みを避けつつ、大小さまざまな水槽を覗きこむ私に、彼は嫌な顔ひとつせず付き合ってくれている。
イルカショー、ウミガメ、ペンギン、クラゲ、色とりどりの魚を一度に見られるここは、都内にある水族館。
小学校の遠足以来、来る機会がなかった水族館に行きたいと言えば、今牛くんはチケットを買ってくれて。とんでもないと財布を出したらバッグに戻されてしまい…申し訳ない気持ちのままで楽しめるかな、と思っていたのは最初だけ。
「蛍、ペンギンの餌の時間」
「は!ほんとだ、行こうっ」
水族館に着くまで彼に引かれていた手は今、逆に私が引っ張っている。
はぐれたら困る、と言われてしまって、それを理由にずっと手を離さずにいたけれど…
お昼の時間になって、館内にあるフードコートでようやく手を離した時、一気に羞恥心が押し寄せてきた。
気づくのが遅すぎる。
「蛍なに食べる」
「あ、う、パスタ…」
「…どしたの」
「……なんでもない、です」
今牛くんは何とも思っていないらしい。
食事中も、今牛くんの手にばかり目が向いてしまって、パスタの味がよくわからなかった。
でも、たくさんお話したら、気づけばそんなことは頭から離れていた。
今牛くんの愛機の話とか、私の学校での話とか、真ちゃんはリーゼントやめた方がいいよねとか。
今牛くんは真ちゃんと同い年、つまり私とも同い年というわけで、敬語を外すように言われた。
不良の男の子に敬語を外すのは少し緊張するけど、見た目に反して今牛くんは紳士的だし、女の子には優しいみたいだから自然と慣れていった。
でも…
「ねえ、今牛くんは、」
「若狭」
「…?」
「若狭」
「…今牛くん」
「若狭って呼んで」
「…みんなは何て呼んでるの?」
「ワカ。でも蛍は若狭って呼んで」
「………わかさ、…くん」
「ん」
突然こんなことを言われたら、私だけじゃなく誰だって戸惑ってしまうはず。
だって、ドリンクのストローを歯で噛みながら、意地悪そうに、でも心底楽しそうに目を細めて笑うんだもん。
…絶対、彼は自分の顔の良さをわかってやってる。