第13章 パステルピンク《今牛若狭》●
今牛くんの頬に向かって一直線。
自転車から飛び降り、とっさに伸びた私の手…もとい拳は見事に今牛くんの頬にくい込んだ。
さすが男の子なだけあって、彼は少しバランスを崩しただけで倒れはしなかったものの、色白なはずの頬がほんのり赤くなっている。
最低、スケベ、変態、破廉恥、ケダモノ。
ひどく動揺する中で思いつく限りの暴言を彼に吐きだす私を見て、四人はパチクリと瞬きを繰り返していた。
「信じらんないっ!!」
「お、落ち着け蛍、なっ?」
「…ワカ、何で避けなかった?」
「や、…見えなかった」
「は?」
「…あ、ウン、蛍は万次郎なみに強ぇから」
「……何て?」
万作さんの道場で万ちゃんと組手をしたことは何度となくあるけど、男の子に…というか人に全力で拳を当ててしまったのは初めてで。
まさか喧嘩慣れしている人に私なんかの拳が当たるとも思ってなかったし。
確かに私は、キュロットスカートだから下着を見られることはないと思って、油断はしていた。
でも、誤って見えてしまったなら口に出さなければいいのに、わざわざ彼は年頃である女子の下着の色を公衆の面前で言ってしまったのだ。
そう、恥ずかしげもなく、飄々と。
だから、ある意味これは正当防衛なはず。
訳がわからなくなるくらい、羞恥心と怒りが全身を巡る。
スカートの中を覗かれた世の女子の気持ちが、今ようやくわかった。
「…んァ?」
真ちゃんの暴露に呆けていた今牛くんが突然、苦虫を噛み潰したように顔をゆがめ、口をモゴモゴと動かし始めた。
私なんかの拳でも傷ついてしまったらしい口内からペッと地面に吐き出されたのは、唾液に混じったわずかな血と…小さな白い固形物。
「…歯?」
「え、…歯?」
「…歯だ」
「歯だな」
吐き出された衝撃でコロコロと転がるそれを見つめ、次いで四人は流れるような動きで私を見た。
「…え?」
待って。
なんで歯?
つまり、殴った拍子で…抜けた、ってこと?
私のせい?…だね。
彼を殴ったのは私だから。
「…オンナから一発くらったの初めてだけど…殴られて歯ァ抜けたのも初めてだワ」