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【東リべ/中・短編集】愛に口付けを

第12章 聞いてないけど?《佐野万次郎》




顔の熱が冷めないまま軽い放心状態で家に入り、夕飯より先にお風呂へ向かった。
家族に顔が赤くなってる所を見られたくなかったのもあるけど、ちょっと…ゆっくり考えたくて。

湯船に浸かり膝を抱えれば、ついさっきまでの万次郎の男らしい顔つきと言動を思い出す。
それだけで、少し落ち着いていたはずの心臓がまたドキドキしだした。



あんなに可愛かったのに…

『蛍ちゃん好き、大好き!』って、私に抱きついて頬をすり寄せてきていたあの万次郎が…
細い、でもしっかりと男らしくなった手で抱き寄せて、私が埋まりそうなくらい大きくなった体で包み込まれるとは…考えたこともなかった。

ずっと可愛いままの万次郎だと、勝手に思っていた。
だから、まさかあんなに…あんなにかっこよくなってるだなんて…



「…聞いてないけど?」



誰に問うわけでもない。
でも、現実を認められなくて。

たった5年。されど5年。
会うことのなかった5年という時間は、かなり大きいのだと悟った。

抱き寄せたり、額や目元にキスしてきたり、色っぽい声で問いかけたり、熱っぽい目で見つめたり…

そんな作法、いったい誰から教わったの!?
お姉さんに教えなさいよ!!



「教育間違ってるってぇ…」



私の、私の可愛い万次郎が…万次郎に、あんな男らしい顔を見せつけられて、今さら、可愛いなんて…



「言えるわけないじゃん〜…っ」



あんなことされたらどんな女の子でも恋に落ちちゃうよ!絶対モッテモテだよね万次郎!誰にでもあんなことするの!?



「……、あれ」



チク、と。
胸に走った、小さな小さな痛み。
膝を抱えていた手をそっと、胸に当ててみた。

変わらず強く脈打っている、私の心臓。
どこか覚えのあるこの痛みは、生きてきた20年間で何度か味わったことのある、特殊な痛み。



「…うそ」



『やぁだ、教えない。察して?』



万次郎が言っていた、言葉の意味。
それに気付くまで、あと…





END
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