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【東リべ/中・短編集】愛に口付けを

第11章 梵天の華Ⅲ





鶴蝶の指示で、蛍のいる三途の家に竜胆と二人で行くことになり、寝不足で気だるい体にムチを打って向かった。

正直、あの薬クセェ野郎の家に行くのは癪に障るけど、1ヶ月ぶりに蛍に会えるなら我慢しよ。と軽い遠足気分で竜胆と家に足を踏み入れた。


あまりにも清潔な家の中でただひとつ、荒れた一室で蹲っていた蛍。
何故か竜胆に抱きついて泣きじゃくり、うわ言のように呟かれる数々の思いに自然と耳を傾けていた。

精神がぶっ壊れなかったのは、蛍が強いからだけじゃない。
兄という大切で、血を分けた確かな存在があったから。

…兄って、そんなモンなのか。
竜胆もそうなら、兄ちゃん嬉しいなァ。














「何これ、うま」
「あ゙〜沁みる〜」
「お口に合ってよかったです」
「え、おかわり」
「竜胆オレも」



寝不足で、半日前から何も口にしていなかったオレと竜胆に振舞ってくれた、シンプルなお粥。
料亭や有名フレンチのどのメシよりも美味く感じて、胃袋を掴まれるってこういうことかと妙に納得してしまい、思わず隣に座る竜胆を見たけど竜胆も同じようだった。

オレらの家に来ねぇかな。



部下から電話も来ない、急ぎの仕事もないということで、コーヒーを啜りながらゆっくりとたわいない話をした。
嬉しそうに兄を語る蛍の朗らかな表情が、年相応で可愛らしくて。
モッチーに聞いていた蛍の兄の年齢は、オレと同い年。なら、妹がいるとこんな感じかぁと話に軽く相槌をうちながら聞いてやった。



ふと、蛍の兄の名前が気になって。
何も考えず尋ねてしまったのが、失敗だった。



「兄は、蕪谷コウキといいます」
「…へぇ」



嗚呼、知らない方が良かったワ。

蛍の口から出たその名前に、もう忘れ去っていたはずの記憶が掘り起こされる。

10年以上前。
遠い、遠い記憶。
もう二度と関わることはないと思っていた、一人の存在。



『灰谷クンさぁ』
『蘭でいーよ』



蕪谷、コウキ。
お前本人じゃなく、お前の妹と関わることになるなんて。
お前と出会ったのはある意味、運命ってやつだったのかもな。

パチ、と。
散らばっていたパズルのピースがひとつ、空いていた穴を埋めた。




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