第11章 梵天の華Ⅲ
リビングに行って時計を見てみると、お昼を過ぎていた。
お腹が減るわけだ、とひとり納得して…ふと眠る前より体調が良いことに気がつく。
眠ったことで体調が整ったのか、それともお兄ちゃんの……リンドウさんの、香水の香りのおかげか。
どちらにしろあの幻覚は結構つらかったから、良くなって嬉しい。
今朝たべようと思っていたお粥を作ろうとキッチンに立つと、隣にリンドウさんがやってきて。
いつの間に探し出したのか、コーヒーカップとインスタントコーヒーの瓶を手にしている。
お湯を沸かすためのケトルを棚から下ろし…それを何となく、小鍋を持ったまま見つめてしまっていたことで、私の視線に気づいたリンドウさんが「なに」とこちらを見もせず少し素っ気なく声をかけてきた。
慌てて目をそらして謝るけど、返事は返ってこない。
代わりに、「…アンタも飲む?」とどこか拗ねたように問いかけられて…反射で頷いた。
「…リンドウ、さんも…食べますか?お粥、」
「はっ?」
「あ、ごめんなさい、」
「いや違ぇ、名前」
聞いてしまったことを後悔したけど、カップを落としそうになっているリンドウさんの様子を恐る恐る見れば、どうやら怒ってはいないらしい。
でも目を泳がせていて…動揺しているように見える。
「あ、名前…さっき、あの人が呼んでいたので…」
「あの人?あー、兄貴か」
「…お兄さんなんですか?」
「ん」
「なぁに蛍チャン、呼んだ?」
リンドウさんとは別の声が聞こえたと同時に後ろから抱きしめられ、緊張で肩をビクつかせ硬直する。
でも穏やかな声色に、少しずつ緊張を解きながら後ろを…上の方に目を向けた。
リンドウさんと似た髪色と、酷似しているようでどこか違う顔。
目の色も同じだし、口元や目元がそっくりだから…血の繋がった実の兄弟のようだ。
「蘭ちゃんって呼んでもいーよ?蛍チャン特別な〜」
「え、あの…」
「飯食いてぇ。腹減った」
「じゃあオレのも作って♡」
「えぅ…す、すぐ作りますね」
ギュ、と一際強めに私を抱きしめてから名残惜しそうに離れていく、ラン…さん。
リンドウさんは手慣れたようにコーヒーを入れ、それを啜り「あッつ」と呟きながらソファーへ向かう。
仲良さげに二人並んでテレビを見始めた背中を見て、私も調理に取りかかった。