第10章 黒龍の泣き虫くん②《佐野真一郎》
お風呂上がり、夜9時頃。
二人で並んでソファーに座って、時おり会話をしながらテレビを見ていた。
コーラを飲みつつ、ソファーの背もたれ越しにあたしの肩に腕を回してリラックスしている真を一瞥して……そろそろ、と思って、あたしはリモコンを手にしてテレビを消した。
え?と驚いた顔でこちらを向く真をもう一度ちらりと一瞥して、少し俯き気味にゆっくりと口を開く。
「ねぇ、真」
「え、ん?」
「大事な話、っていうか…聞いて欲しいことあんだけど」
「……り、離婚はしねーぞ…」
「は?別れ話じゃないし」
「…じ、じゃあ何、怖ぇんだけど…」
頬を引き攣らせる真の、若干震えている片手をゆるりと握りしめて…指を絡める。
あたしの真剣な声色に緊張しているのか、控えめに真も指を絡め返してくれて。
…実はあたしも緊張していることを隠していたけど、真のおかげで少しだけ、気持ちが和らいだ。
「今日さ、病院行ってきたんだ」
「は?…どこの?どっか悪ぃのかッ?」
「産婦人科」
「……え」
静まり返るリビングに、あたしのドキドキとうるさい鼓動の音が漏れて響いてしまいそう。
「妊娠、してた」
午前中、仕事を休んで病院に行くことを真に隠していた。
追い打ちをかけるように、産婦人科、と伝えるだけで喉が引き攣りそうだったのに…本題で手に汗が滲み始める。
「…ま、…え、まじ…?」
「ん…まじ」
「え、うっそ…蛍の腹に?いんの?」
「うん。真との」
寛いでソファーに預けていた体を起こした真。
あたしの手に汗が滲んでいることはわかっているはずなのに、指を絡めて繋いでいる手は離すことなく…あたしの顔を覗き込むようにして首を傾げ目を見開く愛おしい顔に向かって、ゆっくりと緩く笑みを浮かべた。
じわじわと、無意識に視界が滲んでいく。
言えたことで、緊張の糸がほどけたせいか。
真の目が、キラキラとまるでイルミネーションのように輝いていくせいか。
新たな幸せの発見と報告に、胸の奥が疼いた。
「やべ、…泣きそう」
「あはは、もう泣いてんじゃん」
こちらを向いたままあたしの膝に頭を乗せて寝転がった真は、抑えきれない…という風に口元を歪めた笑みを浮かべて。
静かに、その目から涙がこぼれ落ちた。