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【東リべ/中・短編集】愛に口付けを

第10章 黒龍の泣き虫くん②《佐野真一郎》





「手当て、おわったよ」
「……蛍…?」



掠れた声で名前を呼ばれて、真の頬を指先で撫でてそれを耳へ滑らせた。
ゆっくりと瞬きをしながらもまだ意識がはっきりしていないらしく、あたしを虚ろな目で見つめている。



「…ここ、は…?」
「病院」
「……オレ…」
「頭は4針縫ったって。腕は骨折ギリギリの打撲」



説明しても、麻酔のせいで今はまだ理解できないだろうけど。
目が覚めて、また声を聞けたのが嬉しくて。
止まっていたはずの涙がまた、じわじわと滲みはじめる。



「…蛍、」
「っ、ごめ、…安心、しちゃって…ッ」
「…あー、泣くなよ…お前に、泣かれると…すげぇつらい…」
「グスッ…真のせいだし」



訴えるように柔く耳をつまんで引っ張れば、真は緩く口角を上げて。
直後、意志を持ってゆっくりと上がってくる右腕に握っていた手を少しだけ離せば、あたしの頬を指先でするりと撫でた。
くすぐったくて、思わず小さく笑ってしまう。



「…なぁ、キスしてぇ…マスク取ってくれ…」
「ッ、バカ、寝てろ」
「えー…?」



規則正しく機械音を鳴らす心電図と。
人差し指の先に嵌められた血中酸素濃度計と。
数分おきに動き出す、血圧計と。
水音が響くリザーバー付酸素マスク…そして、生理食塩水と栄養剤を投与する点滴。

いろんな管に繋がれた真を見ることになるとは思わなかったけど。
生きているから、いい。
真と出会えたこの幸せが壊れないなら、何でもいい。



いつの間にか、窓の外は白んでいる。
雲ひとつなく清々しい、新しい朝。

気づけば手を握りあったまま、真もあたしも眠りについていて。
定期的に様子を見に来る看護師さんたちが、そんなあたしたちを見て微笑ましげに笑んでいたなんて…知りもせず。

あたしが目覚めたのは、それから4時間後だった。

…あんな目覚め方をするとは、微塵も思わなかったけど。














「真一郎ッ!!!」
「あっバカ静かにしろ…!」



ドタバタと病院に似つかわしくない騒がしい足音と、聞き覚えのある声。
それから、掠れていないハッキリとした真の声。

ゆっくりと目を開ければ、目の前には…



「…んぁ…?」
「あ、…ほらァ起きちまったじゃんか!!」



携帯のカメラをあたしに向けた、真の右手があった。


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