第2章 その面ぶっ潰してやる《佐野万次郎》
「蛍」
《ま、…え、何で、》
「ちゃんと会って話してぇんだけど」
《や、あの、》
「つーか着拒してんなよヘコむだろ」
オレだって知ってる。
エマが言うように、蛍はすぐ男を取り替えるような軽い女じゃないって。
たまに口喧嘩するけどいっつも優しくて、甘えるのが下手くそで、ちゅーは求めるくせに恥ずかしがり屋で、「万次郎」って呼ぶ声から愛情が伝わるくらいオレが好きで、愛してくれていた。
昨日はオレが冷静じゃなかっただけ。
だっていきなり別れようとか言うし、びっくりするじゃん誰だって。
エマだけじゃねぇよ。
オレだって、蛍のこと知ってる。
《ッ、だ、だから、もう万次郎のことす、好きじゃ、ないの!違う人が好きなの!昨日言ったでしょっ》
嘘つくなよ。
なんか隠してんだろ。
「納得いかねーから会って話そうと思ったのに電話繋がんねーし、こうやってエマ通して話すしかねぇだろ。なぁ蛍、今ど…」
《っも、お願いやめて、ヒック、しつこい…ッ》
「…は、え、蛍泣いてんの…?」
甘えるの、また我慢してんのかよ。
何でも言えっていつも言ってんのに。
《な、泣いてない!!っもう、万次郎の声も聞きたくないの!エマにも迷惑かけないでッ!!》
ブツン、とまた一方的に切られた通話。
エマの携帯を耳に当てたまま、また電話かかってこねぇかなって、期待する。
でも聞こえてくるのは蛍の声じゃなくて、無機質な電子音だけ。
「……まい、き…」
「…携帯とってごめんな、エマ」
「あ、うん…別に…」
「ちょっと時間置くわ。…会いてぇけど、無理に会いに行っても突き放されるだけだろうし。…たぶんそっちのがつれーし」
エマに携帯を返して、ふ、と笑みを零せば、オレよりもエマが泣きそうになってて。
髪が崩れるのも厭わず、ぐしゃぐしゃとエマの頭を撫でてやった。
「オレもう集会行くわ。エマ行く?」
「っ…うん、行く。後ろ乗せて!」
「ん、準備してこいよ」
「はぁーい」
オレに背を向けた瞬間に涙を拭ったエマに気づかないフリをして、さっき通ったばかりの玄関で靴を履く。
ほんの少しだけ。
蛍から離れて、頭を冷やしてみようと思う。
これが今、オレができる最善だと思うから。