第9章 黒龍の泣き虫くん①《佐野真一郎》●
「うおッ!?」
皆が呆然と立ち尽くす倉庫に、真のマヌケな声が響く。
しゃがんでいた真の胸に突進するような勢いで抱きついてしまったから、バランスを崩した真はよろけて、尻もちをついた。
「っ、え?ちょ…!」
今まで、真の手にしか触れたことのないあたしが急に抱きついたことで、密着している部分が多くて焦っているのか、緊張しているのか…ゼロ距離の目の前にある胸からはドクドクと速い鼓動が聞こえてくる。
特服のボタンが顔に擦れて少し痛いけど、それとは別の意味でまた涙が溢れてきた。
真の匂い。
真の体温。
頭上から聞こえてくる真の呼吸音と、降ってくる吐息すら…安定剤のように、あたしの胸をじんわりと満たしていく。
…降参だ、やっとわかったよ、真。
自分の心なのに、気持ちなのに、自覚すんのが遅すぎたよな。
なあ、…どう伝えれば、あんたは喜んでくれる…?
「グスッ…あり、がと…」
「! 蛍…」
「ありが、と…ありがとぉ、真一郎…ッ!」
まるで覆い被さるような体勢のあたしを見下ろし、行き場をなくしていた真の手は視界の端でぎこちなく動き…そして、ゆっくりと背中に回された。
温かくて、優しい手。
傷だらけでボロボロだけど、あたしの代わりに仇をとってくれた、大きくて強い手だ。
「…お前を傷つける奴は、オレが潰す。お前が二度と悲しまないように、…泣かなくてもいいように、守ってみせるから。…だから、頼むから……オレを嫌わないでくれよ」
ギュ、と音がしそうなくらい強く、キツく抱きしめてくる真。
あたしの耳元に口を近づけて、あたしだけに聞こえるような、小さく震える声で呟く真の声が、まっすぐ鼓膜に届いて鳥肌がたつ。
嫌いじゃねぇよ。
もう、…嫌いになんて、なれない。
喉が震えて、言葉にすることはできなかったけど。
まだ、素直になれそうにないから。
あんたを抱きしめる腕を強くした、あたしのこの行動で、ちゃんと全部察してくれよな。