第9章 黒龍の泣き虫くん①《佐野真一郎》●
「ッ…そもそも、アンタがっ」
あ…やめろ、言うな、
「アンタが、」
やめろ…!
「あたしに付きまとうから…ッ」
何も、言うな…
こいつを巻き込むべきじゃないのに…
「男なんか大ッッ嫌いだ!!!」
鉄骨造りの倉庫に、あたしの叫びが木霊する。
周りからは呼吸音…布ずれの音すら聞こえない静寂が訪れている中、あたしのゼェゼェとした荒い呼吸音と鼻をすする音だけが、いやに響いた。
「二度と来んな!…っ、顔も見たくない…ッ」
また膝に顔を埋めて、涙を流す。
ゴク…と誰かの、息を飲む音が聞こえた。
帰ってくれ。
あたしに近づかないで。
もう、誰も傷つけたくないし、失いたくないから。
これ以上傷つけてしまう前に、あたしから離れてくれ。
それから数分…数秒かもしれない時間が経ち、ふと目の前でしゃがんでいたヤツが、頬を叩かれたまま呆然としていた…真が、立ち上がる気配がして。
「…わかった。帰るわ」
「っ…」
静かに放たれたその言葉に、思わず目を見開いて顔を上げてしまった。
でも、真はもう…あたしに背中を向けていて…。
嘘、やだ…と一瞬、去りゆく背中に手を伸ばしかけて…でもすぐに引っ込める。
あたしが触れていいのか?
たった今、突き放したばかりなのに。
責任をぜんぶ、身勝手に真に押し付けたくせに。
…触れていいわけがない。
もう、あたしが真に関わっていい資格なんて、欠片もないんだ。
ああ…胸が痛い。苦しい。
なんだろうな、これ。
何でこんなに…胸が痛くて、涙が止まらないんだろう。
…本当は、少し……ほんの少しだけ、気づいていた。
もしかしたら、あたしは…
ううん、やっぱり、あたしはアンタのことを──…
「ッ…ご、め…」
ごめんなさい…ッ
声にならない掠れた声で、自分の膝に口を押し付けて叫ぶ。
真の去りゆく足音と、仲間たちのすすり泣く声が聞こえてきて…
聞きたくなくて、両手で耳を塞いだ。
「昨日この辺で動いた族、全部洗いだして一箇所に集めてくれ」
「…ん、りょーかい」
ぶっ殺してやる…
地を這うような声でそう呟き、まるで鬼が宿ったような顔を真がしていた、なんて…
両耳を塞ぎ、顔を埋め泣いてばかりいたあたしに、そんな状況がわかるはずもなかった。