第9章 黒龍の泣き虫くん①《佐野真一郎》●
「姐さん…姐さん、ッ」
「は、っ、動けるやつ、救急車呼べ!く、ッ意識飛んでるやつ優先だ、避妊されてねぇやつはちゃんと産婦人科に繋いでもらえよ!?」
「姐さん、すみません、守れなくてっ…すみ、ませ…ッ」
どれだけ時間が経ったのか、わからない。
いつの間にか、男たちはいなくなっていた。
動ける者が慌ただしく声を荒らげ、手を貸しあって、少しも身動ぎできないあたしの代わりに副総長が指示をだしてくれていて。
優秀だな、と場違いなことを思う。
瞬きすら億劫なあたしの頭を太ももと腕で抱きしめ、あたしの顔に涙をボロボロと落とす特攻隊長。
視界の端に入った、痛そうに腹を押さえながらゆっくりとこっちにやってきた副総長は、あたしの、脱がされた“総長”の文字が刻まれた長ランの特服を全身にかけてくれて……
久しぶりのように感じるその温もりに、諦めていたはずの涙がまた、溢れ出した。
「……ご、め…ね…」
「! 蛍…」
「ぁ、たし…なんも、でき…か、った…」
「やめ、っやめてください姐さん、謝んないでッ」
「そ、ぅちょ…失格、だ…なぁ…っ」
「ゃ、嫌ぁ!言わないでっやめてよ姐さんッ!!」
やっぱり、春に引退するべきだったのかもしれない…なんて、遅すぎるよな。
あたしがいたから、…チームに総長として残っているあたしが、佐野真一郎の妹に話しかけてしまったから、結果的に佐野真一郎と出会ってしまったし、関わろうとしなかった黒龍とも…半強制的と言えど、何とも言えない関係を持ってしまった。
──『あの佐野真一郎が、振られても振られても諦めずに入れ込んでる、って噂聞いたからよぉ?気になって仕方なかったンだよ』
あたしの、せい。
真を…最初にもっと、強く突き放していれば。
男なんて、やっぱり、みんな同じなんだ。
自分の欲のためなら、誰がどうなろうと関係ないんだ。
真だって……真、も…ッ
…真も、同じなのか…?
こんな時に、最低な父親と、凛とした母親のことを思い出してしまう。
男に縛られない、生き方を…
真の、今までの優しさを無かったことにするかのように。
密かに楽しんでいた真との日常を、記憶を、固いアスファルトの地面に叩きつけるように。
喉が裂けそうなほど強く、腹の底から吐き出すように、仲間の腕の中で泣き叫んだ。