第9章 黒龍の泣き虫くん①《佐野真一郎》●
男が嫌いだった。
嫌い、というよりは苦手に近いかもしれない。
欲だけに正直で、自分が満足することしか考えない生き物だと、…腐ったゴミ屑のような父親のせいで、そう思うようになっていた。
毎日酒をあおる自堕落な父親は、あたしの物心がついた頃から母親とあたし二人に殴る蹴るの暴行をくわえてきた。そのせいで、幼少期のことは地獄のような日々しか記憶にない。
中学に上がった頃に、体が成長したあたしを犯そうと襲ってきた時、ついに母親が…父親を包丁で殺してしまった。
あの日の、飛び散った赤を忘れることはない。
けどそれ以上に、地獄から解放された喜びと、「男に縛られない生き方を選びなさい」と言って警察に自首した母親の凛とした顔の方が、強く印象に残っている。
母方の祖父母に引き取られ、高校にも行かせてもらって、今の仲間たちと出会い、様々な傷を舐めあって生きてきた。
男に縛られない生き方を。
その言葉の通りに歩んできたから、恋をすることもなく、彼氏も作らず、男と体だけの関係…それすら持ったことがない。
男を避ける道を選んで歩いた。
だから真のことは心の底から鬱陶しいと思っていたし、噂によれば総長のくせに喧嘩が弱いらしいからボコボコにしてやろうか、なんて考えたこともあった。
でも、あいつは笑っていた。
いつも笑って、ふざけて、なのに急に総長らしい顔を見せたりして。
お前なら…真なら、信じてもいいかな、なんて。
母親の言葉を心の隅に追いやって、あいつの名前を何も考えずに呼んで、たくさん話をした。
「明日、走るから来れねぇわ」
「…あっそ」
「蛍ちゃん寂しい?」
「調子乗んな」
「えーッ」
「……まあ、ちょっとは」
「…は?え、なに、もっかい、もっかい言って!!」
「ッ、早く帰れ」
12月23日。
クリスマスイブの前の日に、真はそう言って寂しそうに帰っていった。
臣に引きずられ、泣きながら手を振る真にしかたなく手を振ってやって…。
嬉しそうに笑う真に、無意識に頬が緩んだ。
そして12月24日、クリスマスイブ。
暴走族らの間では、全国的にバイクで街中を暴走する日。
真も毎年恒例の今日は、愛機のバブで暴走するんだと張り切っていた。
…──だからバレていた。
あたしたちの倉庫に、黒龍が……真が来ない、ということが。