第9章 黒龍の泣き虫くん①《佐野真一郎》●
「蛍〜!会いに来たぜ!」
「…チッ」
次の日も。
「よ!元気かー?今日も可愛いな!」
「この顔が?あんたのこと睨んでんのに」
その次の日も。
「そろそろオレに落ちた?」
「眼中にないデース」
「ちょっとはカッコイイって思ってんだろ?ん?」
「うっざ」
土砂降りの雨が降っていても。
「すげぇ雨だな、タオル持ってねぇ?臣が雨男のせいだよな絶対」
「…洗って返せよ」
「サンキュー!…は〜蛍の匂い!」
「返せ」
佐野真一郎は、毎日、ほとんど同じ時間にやって来る。
平日は学校が終わったら。
休みの日は午前10時頃から。
朝が弱い弟を起こすのに時間がかかるらしい。
妹が一緒に作ってくれた弁当を持って、一人で来ることもあった。
「よぉ!」と片手を上げながら来ては。
「じゃーな!」と元気よく手を振って帰っていく。
あたしが相槌を打たなくても、一人で勝手に喋って、満足したら帰る。
ほんと懲りない男だ。
自由なやつだなぁ。
ほんと毎日よく喋る…うるさい奴。
ちゃんと学校行ってんのかな。
今日来ねぇな、風邪でも引いた?
気づけば、アイツのことを考えている時間が増えていて。
毎日来ているから、来ない日があれば逆に心配してしまうくらい。
自分では気づかないほど、少しずつ、少しずつ、ゆっくりと心を許していっていたらしい。
「弟のマンジローがさぁ、ほんっとクソガキでさぁ…」
「反抗期なんじゃねーの」
「8歳だぞ?反抗期ってもっと遅いもんじゃなかったか」
「さぁ…男はわかんない」
「妹のエマは素直なんだけどなぁ…料理練習しててさ、失敗すると泣きそうになるからも〜可愛くって!」
「怪我しないようにちゃんと見とかないと危ねーよ」
知らないうちに相槌を返すようになって。
「蛍!」
「真うるさい」
無意識に名前を呼んでいて。
「なぁ蛍、もうオレに落ちてんだろ?」
「……自意識過剰って知ってる?」
自分の気持ちに気付かず、口先だけではぐらかすようになって。
そして、12月。
「雪降ってるぞ、雪!」
「犬かよ」
「あと半月で今年も終わりか…あ、クリスマスはオレとデートな?」
「無理」
忘れもしないクリスマスイブが、やってくる。