第8章 飛び級しますッ《場地圭介》
玄関の鍵を開けて、ドアを開けて入ってすぐ閉めた。
それからはもう、一歩も動けなくて。
ドアに背を預けながら、ずるずると冷たい玄関に座り込む。
「……グスッ」
勝手に出てくる涙と、鼻水。
鬱陶しくて、汚いと分かっていても服の袖で拭ってしまう。
目が腫れるとか、服で顔が擦れて赤くなっちゃうとか。
ぜんぶ、どーでもいい。
「…ばか…けーすけさんの、ばかぁ…ッ」
肩にかけていたトートバッグを、真横の靴箱に思い切りぶつけた。
参考書とか筆箱とか固いものが入ってるから、ぶつかった拍子にミシッと音が聞こえたけど、関係ない。
ひざを抱えて、押し殺すことなく声をあげて泣いた。
家には誰もいないし。
平日の日中だから、たぶんお隣さんの家にも誰もいない。
「すき、なのに…なんで、なんでわたしだけッ…こんなにすきなの…ヒック、けーすけさん、…グスッ…けーすけさん…っ」
どうして振り向いてくれないの。
こんなにも、好きなのに。
いっぱい、好きって伝えたのに。
子供だってバカにしてるの?
「子供じゃないもんっ…わ、わたし、子供じゃ…っ」
ないもん。
おえ、と泣きすぎて嗚咽を漏らしたその時。
トートバッグの中から、かすかに重低音が聞こえてきて。
マナーモードに設定しているスマホだな、って…ずっと振動してるから、電話かな、って思ったけど。
出たくない。
相手が誰かはわからないけど。
今は…鼻声だし、泣き叫んだから声がガラガラだし。
もし電話の相手が圭介さんだったら、恥ずかしいなんてもんじゃない。
こんなダサい声、絶対に聞かせたくない。
「………ぇ…ぁ、圭介、さん……?」
…もし、…圭介さん、だったら…?
思わず泣き止んで、トートバッグの底からまだ振動し続けているスマホを慌てて取り出した。
表示されていた名前は───…
「も…し、もし…」
《オマエ今どこ?来んの遅くねぇ?》
「ぇ…あ…」
あ、だめ。
また泣きそう。
「ッふ、ぅ…」
《…あ?…泣いてんのかっ?》
「な、っ…泣いてませ…ッ」
《泣いてんじゃねーか》
何かあったのか、なんて。
こっちの気も知らないくせに。
圭介さんのことをつい今しがたばかばかと言っていたのに、心配してくれる圭介さんの優しい声に胸をトキめかせてしまう自分がイヤ。